車折神社(駒札)

内容概要

 平安時代末期の学者で、明経(みょうぎょう)博士の清原頼業(きよはらよりなり)公(1122~89)を祀る。  社伝によれば、後嵯峨天皇が、牛車に乗ってこの社前を通ろうとした時、突然牛が動かなくなり、車の轅(ながえ)が折れたことから、車折神社と呼ばれるようになったといわれている。昔から学問の向上、商売繁昌、売掛金回収に御利益があるといわれ、社務所で授与された小石に祈願を込め、家に持ち帰り、願いが成就したらお礼の石を一個添えて神前に返納するという慣しがある。  境内には、芸能道の祖神といわれる天宇受売命(あまのうずめのみこと)を祀った芸能神社や、当社の宮司でもあった富岡鉄斎の筆塚などがある。  毎年5月の第3日曜日に行われる三船祭は、新緑の嵐山大堰川に、御座船、龍頭船、鷁首(げきす)船をはじめ、扇流し船などの多くの芸能奉納の供奉の船を浮かべて、平安時代の優雅な風情を再現するものである。右京区嵯峨朝日町

【正式名称】
車折神社
【住所】
嵯峨朝日町23
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周辺情報

斎明神社  祭神 天照大神

 当神社は、通称、神明神社といい、社伝によれば、康永3年(1344)天龍寺塔頭慈済院開山佛慈和尚により、慈済院の鎮守として創建されたという。

 現在の本殿は、...
鹿王院  覚雄山(かくゆうざん)と号し、臨済宗の寺院である。

 康暦二年(1380)、足利義満が春屋妙葩(しゅんおくみょうは)(普明国師)を請じて、この地に大福田宝幢禅寺(ほうとうぜんじ)を...
車折神社 平安末期、天皇に仕えた儒学者清原頼業を祭る。金運、良縁、学業の神で、参詣者は祈念神石を社務所で授かり、祈願成就のとき倍にして返す習わし。社名の由来は後嵯峨天皇の牛車の引棒が社前...
重陽祭<車折神社> 9月9日、車折神社。参拝者の健康と美容の向上を祈る。神前に菊の花束と餅の上に菊を供え神事を営む。その後、冠に菊の花を挿した舞人が舞楽を奉納する。祭典終了後、参拝者に菊酒がふるまわ...
火焚祭<車折神社> 11月23日、車折神社。かまどの守護神である奥津彦・奥津姫の2神を迎え、参拝者の様々な願い事が書かれた火焚串をかまどの形に積み上げて、四方の焚き口から点火する。大祓詞を唱えながら焚き...
鹿王院 右京区嵯峨北堀町。足利義満が1379年(康暦1)春屋妙葩(普明国師)を開山として建立した宝幢寺の開山塔である。本寺は応仁の乱で退転し、この一院だけ残った。臨済宗の単立寺院。本尊釈迦...
斎明神社 859年(貞観1)伊勢齋王に卜定された文徳天皇皇女恬子内親王が、嵯峨の野の宮に篭られた際、天照大神を祀って潔斎した旧跡と伝え、それに因んで1344年(康永3)天龍寺慈済院の仏慈和尚によっ...
斎宮神社 天照大神を祭神とする。伊勢神宮に奉仕する斎宮が有栖川の辺に野宮を建て、精進潔斎をした旧跡と伝わる。こじんまりとした神社で、厄除け開運・婦女子の血の道の守護などに御利益がある。
正定院 浄土宗。本尊歯仏阿弥陀如来。天文年間(1532~55)称念上人を開基とし、下嵯峨村在住の材木商、福田・大八木両家が建立。幕末の勤皇家、福田理兵衛の墓がある。
嵯峨美術大学・嵯峨美術短期大学附属博物館 平成13年京都嵯峨芸術大学設立を機に、本部キャンパス内に建てられた。学生の創作意欲を刺激するため、また大学を地域の人々に開放し多くの人々との交流を深めるため設立され、展覧会は広く...