福長神社(駒札)

内容概要

本社は福井(さくいの)神(かみ),綱長井(つながいの)神(かみ),稲荷神を祭神として祀る。社名は,福井,綱長井の二神を合祀することによるが,稲荷神も合祀することから「福(ふく)長稲荷(ながいなり)」とも呼ばれた。 福井神と綱長井神は,平安京大内裏内の神祇官(じんぎかん)西院(さいいん)(現在の大宮竹屋町辺)に祀られていた延喜式内(えんぎしきない)社,宮中(きゅうちゅうの)神(かみ)の座摩巫(いがずりのみかんなぎの)祭神(まつるかみ)五座(生井(いくいの)神(かみ),福井神,綱長井神,波比伎(はひきの)神(かみ),阿(あ)須波(すはの)神(かみ))のうちの二座である。 現在の地に遷された経緯については,社伝によると天(てん)正(しょう)年間,豊臣秀吉の聚(じゅ)楽第(らくだい)造営,あるいは廃城の際と伝えられるが,天正二年(一五七四)に織田信長が上杉謙信に贈ったと伝えられる洛中洛外図屏風(狩野永徳筆)には,すでに現在地に福長神社が描かれている。 天明(てんめい)の大火(一七八八)で焼失した後は小さな祠となったが,明治時代以降も水の神(屋敷内の井戸や泉の神)として地元の人々から篤く信仰されている。 京都市

【正式名称】
福長神社(ふくながじんじゃ)
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周辺情報

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柊大明神祭・節分祭 2月3日、白峯神宮。厄落しには絶大なる京都唯一の神符「柊護符」を特別に授与(有料)。(1/27~2/4の間、郵送可。)赤神札と柊護符を組み合わせた、非常に特殊で希少なお神札(ふだ)です。
武道繁栄奨励祭 5月5日子どもの日、白峯神宮。「子供の日武道繁栄奨励祭」は、松濤館空手道白峯塾の子供たちによる奉納演武が行われ、「古武道奉納奉告祭」は、日本古武道振興会加盟の各流各派によって、...
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七夕小町をどり 7月7日、白峯神宮。精大明神祭に「蹴鞠(けまり)」奉納神事の後、少女たちが七夕の大笹を廻ってあでやかに踊る夏の風物詩です。元禄の頃に西陣の乙女たちが、技能・芸能の上達を祈って踊り...
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観月祭(献燈祭) 旧暦9月望月の日、白峯神宮。仄(ほの)かなる燈火の中に祭壇を設けて、秋の七草を供え大御恵みを感謝するとともに、仰ぎ見る月を愛で、神賑行事の奉納によって、雅のひとときを過ごします。...
伴緒社祭 11月15日、白峯神宮。保元の乱に崇徳天皇方に馳せ参じた、源為義(源氏の棟梁)と、弓で名高い鎮西八郎為朝の、父子二公を武道の神様としてお祀りする。なお、為朝公は琉球王家の祖になっ...
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お火焚祭 11月23日、白峯神宮。家内安全・除災招福など様々な願いの込められた「祈願木」を浄火により焚き上げます。同日、新嘗祭・献茶祭・日供講大祭も斎行されている。参拝自由
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光照院門跡 浄土宗単立の尼門跡寺院。1356年(延文元)、後伏見天皇の皇女進子内親王が22歳のおん時に泉涌寺の無人如導によってご落飾、おん名を自本覚公と改められ、同年室町一条北の地に一宇を興して寺...
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上立売通 京都市街地北部の東西路。東は寺町通から西は千本通までだが、中断する部分がある。通り名は商品の立ち売りをしていたのが由来という。開通時期ははっきりしないが、中世後期には開かれてい...
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樂美術館 樂焼窯元、樂家に隣接してたてられている。初代長次郎以来450余年、樂家歴代の作品を中心に、樂家に伝わった茶道具工芸品、関係古文書など所蔵品は1200点を超える。開設:1978(昭和53)年樂...
一般財団法人 ギルドハウス京菓子 京菓子老舗設立の文化施設。京菓子に関する古文書、絵画、美術工芸品、道具類などと糖芸菓子も展示している。茶室で一服楽しめる。1978(昭和53)年設立ホームページ http://www.kyogashi.c...
ハリス理化学館同志社ギャラリー 同志社は、1875年(明治8)、新島襄が開校した同志社英学校を前身とします。襄は、約10年間の海外での学びを終えたのち、日本でキリスト教主義に基づく教育により人物を育成することを期しま...
足利将軍室町第跡 足利3代将軍義満が1378年(永和4)に造営した邸宅。室町幕府があった。室町殿・室町御所・花の御所とも。烏丸通と室町通、今出川通と上立売通に囲まれた東西110メートル、南北220メートルに...
狩野元信邸跡 室町幕府の御用絵師・狩野元信と子孫の居住地。元信は1476年(文明8)ここで生まれ1559年(永禄2)84歳で没したが屋敷は松栄・永徳と続き、その子・弟子が京狩野の面業を守る。元信が狩野派3...
薩摩藩邸跡 京屋敷は幕末までの間、転々としたが、1863年(文久3)島津久光が上洛後に上京区の相国寺南の二本松に新屋敷を設け、北区等持院にも邸を構えた。明治になって錦小路の邸跡は誓願寺に。のち京...
富岡鉄斎邸跡 今は京都府議会の公舎。和風2階建、面積1,211平方メートル(367坪)。3階建洋館は生前に建てた書庫。鉄斎は1882年(明治15)から1924年(大正13)89歳で没するまでここで起居し天分と個性を...
藤井右門宅跡 この地に江戸中期の尊王論者藤井大和守直明(右門)の居宅があった。富山県生まれの右門は京都に出て皇学所教授となって公家に尊王論を説いた。明和3年(1766)東京で処刑された(明和事件)...
NTT西日本 西陣ビル 1921年(大正10)京都中央電話局西陣分局として開局。鉄筋コンクリート造三階建。設計は逓信省技師岩元禄で、唯一の現存作品。正面の二階部分まで半楕円形にレリーフを並べ、出入口の中央と...
京菓子資料館(見学) 京菓子老舗設立の文化施設京菓子に関する古文書、絵画、美術工芸品、道具類などと糖芸菓子も展示している。茶室で一服楽しめる。1978(昭和53)年設立・展示-糖芸菓子大小数点、菓子什器・...
樂美術館(体験・見学) 展示-樂家15代450年にわたり作られ伝えられた樂家歴代の樂焼陶芸作品を収蔵。樂茶碗を中心に茶道工芸品・古文書等を収蔵し、年に3~4回テーマを変えて展覧会を開いている。樂歴代作品による...
此付近薩摩藩邸跡  現同志社構内の敷地一帯は、幕末に薩摩(鹿児島)藩々邸があった所である。京都薩摩藩邸がはじめに置かれたのは中京区錦東洞院であるが、そこが手狭なため、文久2年(1862)にここに...
京都ブライトンホテル ・室数182室(洋室182室)・宿泊料金 ※料金は税金まで含んだ総額を表示しております  お1人様当り12000円~(1室2名利用の場合)*宿泊料金は、客室の設備・広さ・料理、人数、シーズン・...
御所西京都平安ホテル ・室数88室(和室19室・洋室69室)・宿泊料金 シングル  8,000円~ツイン   14,000円~*宿泊料金は、客室の設備・広さ・料理、人数、シーズン・オフシーズン、平日・休前日などにより...
春期特別展 茶碗の結ぶ「縁」 千家お家元の手造茶碗から、15代吉左衞門の友人・萩焼15代坂倉新兵衛氏の茶碗など、樂家における様々な「縁」ある作品を紹介します。
同志社グルメ100選 ~同志社出身者の京のお店~ 平成28年12月、同志社の卒業生が女将やシェフなどとして活躍する京都市周辺の飲食店を集めたグルメ本が刊行されました。今出川キャンパスハリス理化学館で販売中。
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