白楽天山

内容概要

唐の詩人白楽天が道林禅師(どうりんぜんじ)に仏法の大意を問うところから取材している。道林禅師は緞子地(どんすじ)の紫衣(しえ)を着け、藍色羅紗の帽子(もうす)をかぶり手に珠子と払子(ほっす)を持ち松の枝の上に座し、白楽天は唐織白地狩衣の衣裳に唐冠をかぶり笏(しゃく)を持って立っている。水引は明治5年の調製で孔雀や麒麟などの禽獣金絲(きんじゅうきんし)で縫いつめた刺繍。前掛は文化5年(1808)新調の紺地雲龍文刺繍裂と万延元年(1860)蟷螂山(とうろうやま)より買受けた毛綴(タペストリー)の3枚つぎである。この毛綴はトロイ城陥落のときイエーニャスが父を救出する図の優品であり、大津祭の月宮殿山見送と相幅である。見送(みおくり)はかつて麒麟龍鳳凰文綴錦であったが、昭和28年より山鹿清華作の北京万寿山図綴織(つづれおり)を用いている。

【正式名称】
白楽天山(はくらくてんやま)
【住所】
下京区室町通綾小路下ル
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交通案内 巡行前数日
 地下鉄 四条
 阪急電鉄 烏丸

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神明神社 当地は平安時代末期,近衛(このえ)天皇(在位一一四一~一一五五)がしばしば皇居としたと伝わる藤原忠通(ただみち)(近衛天皇妃の養父)の屋敷跡で,「四条(しじょう)内裏(だいり)」または...
五条天神社  祭神として、大己貴命(おおなむちのみこと)・少彦名命(すくなひこなのみこと)・天照大神(あまてらすおおみかみ)を祀る。  社伝によれば、延暦13年(794)、桓武天皇の平安遷...
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蛸薬師通 京都市街地中央部の東西路。東は木屋町通から西は右京区西院の佐井通西近辺までで、坊城通と御前通間で中断。平安京の四条坊門小路に当たる。新京極の蛸薬師(妙心寺)が通り名の由来という...
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京都芸術センター 京都における芸術の総合的な振興を目指して、多様な芸術活動を支援し、芸術に関する情報を収集・発信するとともに、芸術を通じた市民と芸術家等の交流を図るため、元明倫小学校を改修し、200...
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京都生活工藝館・無名舎 京呉服の問屋街「室町」の一画六角町にあり、建物は白生地問屋を商った京商家の典型ともいうべき表屋造り。店舗、住居、土蔵とそれらを結ぶ2つの庭と、通り庭から成っている。数々の生活工芸...
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南蛮寺跡 安土桃山期、キリスト教宣教師が京都に建てた教会。1560年(永禄3)六角通室町西の民家を会堂とし、のち四条烏丸に移り再びここに1576年(天正4)教会を完成させ南蛮文化の中心に。1588年(...
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芦刈山 謡曲「芦刈」から取材、妻にさられて一人淋しく難波の浦で芦を刈る老翁の姿をあらわす。御神体(人形)の頭には「天文6年6月7条仏師運慶七代孫康運作」の墨書銘がある。御神体の古衣装として...
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霰天神山 錦小路室町西入にあるので「錦天神山(にしきてんじんやま)」ともいわれる。永正年間(1504-21)京都に大火のあったとき、時ならぬ霰が降り猛火はたちまち消えたが、そのとき一寸二分(約3...
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占出山 「鮎釣山(あゆつりやま)」ともいう。神功皇后が肥前国松浦川(ひぜんのくにまつうらがわ)で鮎を釣って戦勝の兆としたという説話による。御神体(人形)は金の烏帽子(えぼし)に太刀をは...
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郭巨山 「釜掘り(かまほり)山」ともいわれる。中国の史話二十四孝郭巨釜掘りの故事にちなんで造られているのでこう呼ばれる。山に飾る人形(御神体)の郭巨と子供は寛政4年(1792)金勝亭九右衛門...
函谷鉾 鉾の名は中国戦国時代(前403~221)斉の孟嘗君(もうしょうくん)が鶏の声によって函谷関(かんこくかん)を脱出できたという故事にちなんで付けられている。鉾頭(ほこがしら)の月と山型...
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太子山 聖徳太子を祀るのでこの名がある。聖徳太子が大阪四天王寺建立にあたり、自ら山中に入って良材を求めたという所伝にもとづき、他の山がいずれも松を立てているのに対してこの山のみは真木(...
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長刀鉾 鉾先に大長刀(おおなぎなた)をつけているのでこの名で呼ばれる。長刀は疫病邪悪をはらうといわれ、三条小鍛冶宗近作の大長刀を飾ったことにはじまるが、現在は鉾頭(ほこがしら)は軽い木...
鶏鉾 中国の史話「諌鼓(れんこ)」より取材、昔、堯(ぎょう)の時代に天下がよく治まり訴訟用の太鼓(諌鼓)も用がなく苔がはえ、鶏が宿ったという故事により、その心をうつしたものという。鉾...
伯牙山 「琴破山(ことわりやま)」ともいわれる。山の御神体(人形)は中国の晋(しん)時代、琴の名人伯牙(はくが)とその友人鐘子期(しょうしき)との物語に取材、伯牙が鐘子期の死を聞いてそ...
橋弁慶山 謡曲「橋弁慶」より取材、弁慶と牛若丸が五条大橋で戦う姿をあらわしている。弁慶は鎧姿に大長刀を斜にかまえ、牛若丸は橋の欄干の擬宝珠(ぎぼし)の上に足駄(あしだ)で立ち片足を曲げ右...
船鉾 神功皇后(じんぐうこうごう)をめぐる説話によって鉾(ほこ)全体を船の形にし、舳先(へさき)には金色の鷁首(げきす)、艫(とも)には黒漆塗(くろうるしぬり)螺鈿(らでん)の飛龍文...
放下鉾 鉾の名は真木のなかほどの「天王座(てんのうざ)」に放下僧の像を祀るのに由来している。鉾頭(ほこがしら)の日・月・星三光が下界を照らす形を示し、その型が洲浜(すはま)に似ているの...
保昌山 丹後守平井保昌(たんごかみひらいやすまさ)と和泉式部(いずみしきぶ)の恋物語に取材し、保昌が式部のために紫宸殿の紅梅を手折ってくる姿をあらわしている。御神体(人形)は緋縅(ひお...
南観音山 「下り観音山」ともいわれ、江戸時代は北観音山と隔年交代で巡行していたが、明治以来毎年出ることになり、後の祭の山鉾巡行の最後をしめくくる曳山である。お祀りしてある楊柳(ようりゅう...
孟宗山 「笋山(たけのこやま)」ともいう。山に飾る御神体(人形)は中国の史話二十四孝から取材。病身の母を養う呉の国の孟宗が、雪の中で筍(たけのこ)を掘りあてた姿をあらわしている。人形は...
山伏山 この名は山に飾る御神体(人形)が山伏の姿をしているのでこう呼ばれる。昔、八坂の法観寺(ほうかんじ)の塔が傾いたとき法力(ほうりき)によってそれをなおしたという浄蔵貴所(じょうぞ...
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矢倉寿し 志満家 ◎料理種別-寿司 ●おすすめコース ・ちらしずし 1,620円 ・鰻丼    2,700円*税込み◎営業時間 AM11:00~PM7:00◎休日 不定休創業宝暦年間情緒豊かな芝居茶屋のおもかげを残す老...