御前通

内容概要

京都市街地西部の南北路。北は寺之内通から南は十条通までで北区から南区まで市内を貫く。一条通から南は平安京の西大宮大路に当たる。通り名は北野天満宮の前を通るため。なお正面通の東、西本願寺間も御前通という。

【正式名称】
御前通(おんまえどおり)
地図表示

関連情報

北野天満宮 「北野の天神さん」と親しまれている北野天満宮は、天暦元年(947)に創建され、平安時代に学者・政治家として活躍した菅原道真公をお祀りする全国に約一万社御鎮座する天神社・天満宮の宗祀(...
宗教法人 本願寺 浄土真宗本願寺派の本山。1272年(文永9)宗祖・親鸞聖人の末娘覚信尼が京都の東山大谷に建立した廟堂に始まる。第3代覚如上人のときに本願寺と公称。第8代蓮如上人の尽力により大教団に発展...
一条通 京都市街地中央部の東西路。東の烏丸通から西の右京区宇多野まで。西大路通から西へ延び、一条街道と称されたが、現在は西大路通から東と同じように一条通と称する。平安京の北端を東西に走...
十条通 京都市街地南部の東西幹線路。東は本町通から西は西大路通まで。京都から南の幹線路を東西に通じるため、大正初年に都市計画道路として新設。昭和30年代(1955~)に拡幅舗装された南部の重...
正面通 京都市街地南部の東西路。東は大和大路通から西は天神通までで、渉成園と東、西本願寺で中断。渉成園と東本願寺間は中珠数屋町通とも呼ぶ。平安京の七条坊門小路に当たる。通り名の由来は方...
平安京 794年(延暦13)、桓武天皇により長岡京から平安京への遷都が発せられ、新京を東西約4.5キロ、南北約5.2キロのやや南北に長い長方形に区画し、その中央北部に大内裏、その南面中央の朱雀門か...

周辺情報

観音寺  慈眼山と号し、浄土宗に属する。

 慶長12年(1607)、梅林和尚が一条室町に創建した。その後、天明の京都大火に遭って、建物をはじめ記録を焼失してしまったので、正確な寺史は困...
慈眼寺  当寺は、福聚山(ふくじゅざん)と号する曹洞宗の寺である。天正16年(1588)鷹司信房(たかつかさのぶふさ)の北の方(嶽星院(がくせいいん))が、父に当たる熊本城主、佐々陸奥...
清和院 第五十六代清和天皇(在位八五八~八七六)ゆかりの寺で、真言宗智山派に属する。
平安初期にその後の摂関政治の礎を築いた藤原良房の邸宅「染殿第」の南に仁寿年間既に創建されていた仏心院...
大将軍八神社  当社は、平安建都の際に都城の方除(ほうよけ)守護神として造営されたのが始まりとされ、当初は大将軍堂と称したが、江戸時代初期になって大将軍社と改められ、更に大将軍八神社となって現...
平野国臣以下三十七士の墓(竹林寺)  竹林寺(ちくりんじ)内すぐ右方にある。

 平野国臣は、もと福岡藩士で京都において同志とともに尊王攘夷(そんのうじょうい)運動に奔走したが捕えられ、元治元年(1864)7月19...
報土寺  浄土宗知恩院派に属する寺である。

 当寺は、貞観元年(859)、行教(ぎょうきょう)が真言宗の寺として創建したものと伝えられている。

 その後、応仁の乱などにより堂宇は荒廃し...
法輪寺(達磨寺)  この寺は、臨済宗妙心寺派に属し、達磨寺の名で親しまれており、享保12年(1727)大愚和尚を開山とし、開基荒木宗禎に帰依を受けた万海和尚が創立した。

 十六羅漢木像、徳川時代...
光清寺  心和山と号し、臨済宗建仁寺派に属する。寛文9年(1669)伏見宮貞致(さだゆき)親王が御生母慈眼院殿心和光清尼公のために杲(こう)山和尚を開山として創立されたのが当寺の起りで...
御殿医奥渓家下屋敷跡  この茅葺(かやぶき)の門は長屋門(ながやもん)といい、かっては間口11間(約20メートル)もあった江戸時代中期の建物である。  持主の奥溪家は、九州大友氏ゆかりの家で、江戸時...
椿寺(地蔵院)  正しくは昆陽山地蔵院といい、浄土宗の寺である。神亀3年(726)に、行基菩薩が聖武天皇の勅願によって摂津国の昆陽野池のほとりに建立した地蔵院が始まりという。その後、平安時代に...
華光寺 1582年(天正11)妙顕寺の12世日堯が隠居所として開創。豊臣秀吉が伏見城に安置していた毘沙門天像を寄進し、寺の守護神とした。江戸時代以降、この像が開運厄除けの神として信仰を集めた。...
地蔵院<北区> 726年(神亀3)行基が創建。天正年間(1573-92)に衣笠山ろくから現在地に移った。北野大茶会のとき、宿となったこの寺に豊臣秀吉が寄進したという「五色八重散椿」が有名。当時の木は枯れ、...
大将軍八神社 桓武天皇が794年(延暦13)王城鎮護のために星神大将軍を勧請したといわれる社。社殿は昭和初年権現八棟造で造替。方徳殿に大将軍神像80体(重文)と陰陽道安倍家の古天文暦道資料(府文)が...
法輪寺<上京区> 1727年(享保12)万海が創建。臨済宗妙心寺派。達磨(だるま)堂に三国随一という起き上がりだるまを中心に全国から集まった千変万化のだるまがずらり。キネマ殿には日本の映画関係者800人を...
華開院 浄土宗。開基は後深草天皇皇子、光岸法達親王とし、後深草天皇の意を受けて創建されたと伝える。当初は安居院大宮(大宮通寺之内下る花開院町・樋ノ口町あたり)の地にあり、守良親王の遷御...
五台山 法泉院 竹林寺 浄土宗西山禅林寺派・永観堂の末寺。1279年(弘安2年)、顕意道教上人(時宗の一遍上人が一歳年下の兄弟僧)の開基以来730年余の歴史を持つ古刹。本尊、阿弥陀如来。乾第十五番札所で藤原時代...
慈眼寺 山号福聚山、曹洞宗。1588年(天正16)鷹司信房の北の方、嶽星院が父・熊本城主佐々陸奥守成政の菩提を弔うために、曹洞禅の高僧大雲永瑞を開山として西陣石屋の辻子の南(慈眼庵辻子)に建立。...
天門祭 10月第3日曜、大将軍八神社。前日の宵宮では餅を70mの長さに伸ばす「おろち餅」が大将軍八神社前の一条通で行われる。当日は祭典の後、神輿巡行。江戸時代に造られた京都風の重い神輿を、総...
清和院 真言宗智山派。第56代(平安朝7代目)清和天皇ゆかりの勅願所及び後院で、洛陽観音霊場第三十三番札所でもある。寛文一(1661)年一月十五日の御所炎上迄は今「京都迎賓館」が建つ所に在った...
選仏寺 臨済宗建長寺派。仏日が洛西の念仏寺を譲り受けて改宗、1761年(宝暦11)に現在地に移転し、選仏寺とした。重要文化財指定の絹本著色中峰和尚像は、中国元時代の禅僧中峰明本の頂相画で、現...
本山・立本寺 日蓮宗本山。1321年(元亨元)日像が京都最初の道場として四条大宮に開いた妙顕寺龍華院を始まりとする。1413年(応永20)比叡山の衆徒に破却されるが立本寺として再興、その後後水尾天皇の...
奥渓家住宅  大友宗麟(桃山期のキリシタン大名)の孫奥渓以三を先祖にもち、後水尾天皇の中宮(東福門院)の御典医を務めた。東福門院様崩御の後は家禄を返上して当屋敷(別荘)に移り住み、仁和寺宮門...
京都市生涯学習総合センター 京都市の生涯学習機関の中核として設置され、最新の研究成果を「わかりやすく」をモットーに京都の歴史や文化などに関する講座・講演会・展示会等を開催。平成21年11月からは平安京復元模型...
高津古文化会館 甲冑、刀剣を中心とした武器、武具類の収集は日本でも有数。他に江戸時代の風俗画屏風、狩野派、円山四条派の絵画、茶の湯の道具、京焼、漆工芸、近世大名婚礼調度など多岐に亘ってコレクシ...
大将軍八神社方徳殿 方位を司る陰陽道の星神「大将軍」をまつる大将軍八神社の「方徳殿」には、百余体の神像が収められ、そのうち80体は重要文化財指定。神像の多くは、大将軍信仰の最盛期でもあった平安中期か...
平野国臣以下三十七士の墓 竹林寺(ちくりんじ)内すぐ右方にある。平野国臣は、もと福岡藩士で京都において同志とともに尊王攘夷(そんのうじょうい)運動に奔走したが捕えられ、元治元年(1864)7月19日、蛤御門(は...
あかりデザイン工房 オーダーを受けてオリジナルの照明器具を制作する専門工房で和紙照明(あかり)の手作り体験をしていただけます。2名~6名様までの少人数制で、ゆっくりとした時間の流れる中、癒しのあかりを...
古典の日記念 京都市平安京創生館 平安時代に都の官庁街だった場所に建つ「古典の日記念 京都市平安京創生館」では、都の姿を一目で理解することができる「平安京復元模型」1/1000、天皇が饗宴を行った建物を発掘調査の成果...
北野商店街振興組合 「チンチン電車」の愛称で市民に親しまれてきた市電(北野線)が走っていた街。平成八年には歩車道整備工事をはじめ三角広場のポケットパーク化が実現した。歩道にはチンチン電車の絵タイル...
大将軍商店街振興組合 平安時代の一条通(大将軍商店街付近)に「百鬼夜行」という怪異伝説がありました。夜の町辻を妖怪が行列をなして行進するというものです。古くなって捨てられた器物が「付喪神(つくもがみ...
丸太町サービス会 昭和24、25年頃に発足。昭和40年に現在の丸太町サービス会が証紙事業をもって再発足、現在に至る。東端の千本北大路は平安京の大極殿跡にあたり、観光客の通りも少なくない。