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検索結果 56件が該当しました

御陵衛士屯所跡

 ここ高台寺月真院は、慶応3年(1867)6月から11月にかけて、熱烈な勤王主義者で、孝明天皇の御陵衛士伊東甲子太郎(いとうかしたろう)ら15名が屯所とした所である。伊東は常陸(ひたち)(茨城県)の出身で学問もでき、剣は北辰一刀流の名手であった。新撰組に入り、その参...

明智光秀の塚

 天正10年(1582)、本能寺にいた主君織田信長を急襲した明智光秀は、すぐ後の山崎(天王山)の戦いで羽柴秀吉(豊臣秀吉)に敗れ、近江の坂本城へ逃れる途中、小栗栖の竹薮で農民に襲われて自刃、最後を遂げたと言われる。  家来が、光秀の首を落とし、知恩院の近くまできたが...

新熊野神社

 後白河上皇は紀州の熊野権現を深く信仰され、しばしば御幸(ごこう)されて、御参籠になったので、世に熊野御幸として知られている。永暦元年(1160)熊野三山をこの地にあった仙洞御所法住寺殿の内に勧請(かんじょう)して当社を創立された。以後皇室の尊崇あつく社域広壮社殿荘...

新日吉神宮

 永暦元年(1160)後白河法皇が、その御所法住寺内に比叡山東坂本の日吉山王(ひえさんのう)七社(日吉大社)を勧請されたのが当社のはじまりである。  創立当初の社地は今の市立美術大学付近の地で、その後元和元年(1615)豊国廟社の破毀とともに旧廟前に移り、さらに明治...

安養寺

 円山(えんざん)と号し、時宗に属する。  延暦年間(782~806)最澄(伝教大師)が開創したと伝え、法然・親鸞両上人念仏発祥の地・吉水(よしみず)草庵として有名である。のち、建久年間(1190~1199)に至って慈鎮(じちん)(慈円・関白九条兼実の弟)が中興し、...

今熊野観音

 泉涌(せんにゅう)寺の塔頭(たっちゅう)で、正しくは新那智山今熊野観音寺という。西国33箇所観音霊場第15番目の札所になっている。  空海が自ら観音像を刻んで草堂に安置したのが当寺のはじめというが、斉衡(さいこう)年間(854~857)左大臣藤原緒嗣(おつぐ)が伽...

雲龍院

 真言宗泉涌寺派の別格本山である。応安5年(1372)後光厳法皇が竹巌聖皐(ちくがんしょうこう)律師を招いて菩提所(ぼだいしょ)として建立されたのがこの寺のはじまりで、その後、歴代天皇の信仰があつく、たびたびこの寺に行幸されている。特に後円融天皇(在位1371~82...

恵美須神社

事代()主神(ぬしのかみ)、少彦名神(すくなひこなのかみ)、大国主神を祀る。  社伝によれば、建久二年(1191)、栄西禅師が宋(中国)よりの帰途、舟が暴風雨に遭い遭難しそうになったが、海上に恵美須神が現れ、その加護により難を免れたといわれ、建仁二年(1202)、建仁寺創...

円徳院

 豊臣秀吉没後、その妻北政所ねねは、高台寺建立を発願し、慶長10(1605)年、秀吉との思い出深い伏見城の化粧御殿と前庭をこの地に移築して移り住んだ。  ねねは、77歳で没するまでの19年間、この地で余生を送り、その間北政所を慕い大名、禅僧、茶人、歌人、画家、陶芸家...

戒光寺

 御寺泉涌寺塔頭(たっちゅう)の一寺で、安貞2年(1228)宋国から帰朝した曇照忍律(どんしょうにんりつ)上人により八条大宮の東、堀川の西に創建され、後堀川天皇の勅願所となった。その後、一条戻り橋の東に移り、更に三条川東を経て正保2年(1645)に現地に再興された。 ...