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検索結果 475件が該当しました

此付近水戸藩邸跡

 この付近、烏丸通下長者町西入北側は、江戸時代に水戸藩邸があった所である。藩邸がおかれたのは古く、貞享(じょうきょう)3年(1686)の地図「旧藩々上邸箇所」に記されている。明治のはじめ藩邸が廃止された時は、敷地1,302坪(約4,300平方メートル)の広さであった...

御霊神社(上御霊神社)

 祭神として崇道天皇(早良(さわら)親王)、吉備真備(きびのまきび)、橘逸勢(たちばなのはやなり)はじめ十三柱の神霊を祀る。  この地には、はじめ付近住民の氏寺として創建された上出雲寺(かみいずもでら)があったが、延暦13年(794)平安京奠都(てんと)に際し、桓武...

西園寺

 宝樹山竹林院(ほうじゅざんちくりんいん)と号する浄土宗の寺である。  元仁元年(1224)、藤原公経(きんつね)が、衣笠山の麓に、山を背にして苑池を造り、その池畔に、本堂、寝殿など壮麗な堂宇を建てて、西園寺と称したのが当寺の起りである。以来この寺名が子孫の家名とな...

西法寺

 安居院(あぐい)と号し、浄土真宗本願寺派に属する。文禄二年(1593)、僧明円が安居院を再建し、名を西法寺と改めて真宗寺院としたものである。安居院とは、この近くにあった比叡山延暦寺山内の竹林院の里坊のことである。平安時代の末期以来、安居院には名僧が住み、中でも澄憲僧...

山紫水明處(国定史跡)

 頼山陽(らいさんよう)が晩年住んでいた水西荘の書斎で、入母屋(いりもや)造・わら葺・平屋建・内部は四畳半の書室と二畳の待室と水屋がある。閑素なものであるが、四方を開放して防暑防寒の細かい工夫が凝らしてある。鴨川の清流を隔てて、東山三十六峰を一眸のうちに収めることが...

三時知恩寺

 浄土宗の尼門跡寺院である。  14世紀半ば、後光厳天皇皇女見子内親王の創立に始まる。内親王は深く仏教に帰依し、宮中に安置された唐より招来の善導大師像をたまわり、当寺の本尊とされた。  崇光院帝の旧御所を当寺にたまわり、よって入江御所と称された。称光天皇皇女了山尼公...

慈眼寺

 当寺は、福聚山(ふくじゅざん)と号する曹洞宗の寺である。天正16年(1588)鷹司信房(たかつかさのぶふさ)の北の方(嶽星院(がくせいいん))が、父に当たる熊本城主、佐々陸奥守成政(さつさむつのかみなりまさ)の菩提を弔うため、信秀(信長の父)の伯父に当たる大雲永瑞...

慈照院

 臨済宗相国寺派に属し、もとは大徳院と称した。延徳2年(1490)足利義政の塔所影堂となり、その法号より慈照院とした。  当院第七世の仏性本源国師(きん叔顕たく(きんしゅくけんたく))は桂宮初代智仁親王、二代智忠親王と親交を深め、寛永6年(1629)には桂宮が当院境...

石像寺(釘抜地蔵)

 正しくは家隆山光明遍照院(かりゅうざんこうみょうへんしょういん)石像寺と写し、俗に「釘抜地蔵」ともいう。弘法大使の開基と伝え、もと真言宗であったが、重源(ちょうげん)上人が中興してから浄土宗となった。むかし、歌人の藤原定家(ていか)、家隆(いえたか)が住んだところ...

十念寺

 華宮山宝樹院と号し浄土宗西山光明寺派に属している。  永享3年(1431)後亀山天皇の皇子真阿(しんな)上人が将軍足利義教の帰依をうけて当時誓願寺のあった元誓願寺通小川の辺に創立し、天正年間(1573~1591)この地に移った。  本尊阿弥陀如来は、東山雲居(うん...