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検索結果 492件が該当しました

悲田院

泉涌寺(真言宗泉涌寺派総本山)の塔頭である。 身寄りのない老人や貧しい人、親のない子ごもを収容する福祉施設である悲田院は、難波京や平城京内に設けられ、平安京でも東西2カ所の悲田院が設けられた。 寺院としての悲田院と平安京の悲田院には不明なところもあるが、寺伝によると...

平岡八幡宮

当社は梅ヶ畑(うめがはた)八幡宮とも呼ばれ、応(おう)神(じん)天皇を祭神とする右京区の梅ヶ畑一帯の産土社(うぶすなしゃ)である。大(だい)同(どう)四年(八○九)に神護寺の鎮守として空海が大分県の宇佐八幡宮から勧請したのが起源であり,応(おう)永(えい)十四年(一四○七)の焼失後に...

福長神社

本社は福井(さくいの)神(かみ),綱長井(つながいの)神(かみ),稲荷神を祭神として祀る。社名は,福井,綱長井の二神を合祀することによるが,稲荷神も合祀することから「福(ふく)長稲荷(ながいなり)」とも呼ばれた。 福井神と綱長井神は,平安京大内裏内の神祇官(じんぎかん)西院(さいい...

報恩寺

 寺伝では室町時代、一条高倉に開創したとあり、法園寺または法音寺という天台・浄土兼学の寺であった。文亀元年(一五〇一)慶譽が再興し、浄土宗報恩寺と改め、天正十三年(一五八五)秀吉によって現在の地に移された。  豊臣秀吉の所望により、寺宝の猛虎の絵を聚楽第の床へ飾った...

宝菩提院 願徳寺

 当寺は山号を 仏華林山 宝菩提院 願徳寺とする天台宗の寺院である。 寺伝によると奈良時代の少し前,白鳳八年(六七九年)に持統天皇の願いにより,向日市寺戸に創建された寺院で,当時は一キロメートル四方に伽羅のある,天台密教の秘法を行う大寺院であった。  応仁の乱と信長の兵...

菩提の滝

菩提の滝は,平安時代(七九四~一一八五年)の頃より京の都へ通じる唯一の道であった,菩提道(京道)沿い,中川(中河)から約2キロメートルの場所にある。菩提の滝は,僧がたびたび訪れていたとされており,仏の悟り,煩悩を断じ真理を明らかに知って得られる境地だったかも知れない。...

松尾学区古墳群

松尾学区の松尾山,西芳寺川,衣笠山,唐櫃越周辺には約百二十基の古墳がある。 桂川(葛野川・大堰川)の右岸,現松尾中学校建設に伴う発掘調査で発見された「松室遺跡」では,弥生時代の竪穴住居跡から古墳時代後期までの掘立柱建物跡・遺構などがあり,この遺跡が六百年以上に亘る集...

松原橋

 松原通は平安時代の五条大路であり、当初は嵯峨天皇の勅命により橋が架けられたともいわれる。清水寺の参詣道でもあったことから、人の往来が多く、大変賑わった都の目抜き通りであった。  元来,この地に架かっていた橋が五条橋であり、通りの両側に見事な松並木があったことから五...

神輿洗と宮川

祇園祭の神事のひとつである神輿洗(みこしあらい)式は、八坂神社の神様たちの神輿を清めるため、例年七月十日と二十 八日に四条大橋の上で行われる。  神(しん)幸(こう)祭(さい)は七月十七日夕刻から夜にかけて、神輿三基が八坂神社から四条寺町の御旅所(おたびしょ)へ渡御する重要な...

岬神社

祭神は「倉(うか)稲(の)魂(みたまの)命(みこと)」と「石(せき)栄(えいの)神(かみ)」の二柱(柱は神様を数える 単位)。農耕・商売・土木・金工など諸業の繁栄、火難除けなどの 災厄除けにも御利益がある。 社伝では、室町時代初期、鴨川の中州の岬(突端)に祠を建てたのが由来とされ...