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検索結果 492件が該当しました

四所神社

 四所神社は,室町時代の天文21年(1552年),愛宕山白雲寺福寿院の幸海僧正によって,白雲寺奥の院と清滝からの愛宕山参道の途中にあった清滝四所明神を原村「かぶとの森」へ勧請したことに始まると伝えられる。  かつて白雲寺奥の院には,鎌倉時代から幕末まで日本一の大天狗として...

春光院

臨済宗妙心寺の塔頭の一つで、もとは俊巌院と称した。 豊臣秀吉の家来で、後に初代松江(現在の島根県)城主となった堀尾吉晴が、長男・金助の菩提を弔うため天正18年(1590)に建立した。堀尾家3代目の忠晴が病死し、間もなくして断絶したが、忠晴の息女が石川家に嫁いでいたこ...

俊成社

この社は平安時代(七九四年~一一八五年)末期から鎌倉時代(一一八五年~一三三三年)初期にかけ,当代一の歌人といわれた藤原俊成卿を祀る。 元久元年(一二〇四年)一一月三〇日,九一歳の天寿を全うした後,町民が民家の裏に祀ったと伝承される。 俊成卿の本邸宅は,五条大路(現...

聖護院

円珍(智証大師)を開基とする。初め岩倉にあって常光院といったが、寛治4年(1090)白川上皇が紀州熊野に御参詣の際増誉大僧正がその先達となって護ったので、上皇はその労をねぎらい、増誉を熊の三山の検校に任じ、修験道の統括に命ぜられ、また院名を聖護院と改められた。延法3...

尚徳諏訪神社

祭神は建御名方神と八重事代主神。 延暦16年(797)、桓武天皇より蝦夷平定のため征夷大将軍を拝命した坂上田村麻呂は、かねてより信州の諏訪大明神を深く進攻しており、そのおかげで戦果を挙げ、延暦20年(801)、平安京に凱旋した。 社伝によれば、その御礼のため、五条坊...

勝福寺(親鸞聖人旧蹟)

寺伝によれば,当寺はもと「清水(しみず)庵(あん)」、「一條坊(いちじょうぼう)」と呼ばれ、浄土真宗の宗祖、親鸞聖人(一一七三~一二六二)が一時期住居とした旧蹟である。親鸞聖人は布教のため関東にて約二十年を過ごしたが、故郷の京都に戻ってきたのは、六十歳を過ぎた頃といわれる...

新京極

北は三条通から南は四条通に至る約500メートルのこの通りを新京極通といい,通り名は平安京の最も東に位置した東京極大路(現在の寺町通)の東側に新しく作られた通りであることに由来する。 天正年間(1573~1592),豊臣秀吉が市中の多くの寺院を寺町通に集めたことに伴い,...

真宗興正派 本山興正寺

当寺は、阿弥陀如来を本尊とし、親鸞聖人を開祖とする真宗興正派の本山である。 興正寺の寺号は、日本に仏教をひろめた聖徳太子の事績にちなみ「正しき法を興しさかえさす」との意味が込められている。 創建は鎌倉時代にさかのぼり、京都の東、山科の地に建立されたと伝えられている。 ...

真宗院

 根本山,浄土宗西山深草派の寺院。宝治年間(一二四七~一二四九年)後深草天皇の帰依を受けて,現在地より少し西南に「真宗院」(浄土の真宗)の寺号を賜り,円空上人が建立した。  円空上人は,法然(浄土宗の開祖)の直弟子証空(西山派の祖)に教えを師事し,遠望される西山の夕...

神明神社

当地は平安時代末期,近衛(このえ)天皇(在位一一四一~一一五五)がしばしば皇居としたと伝わる藤原忠通(ただみち)(近衛天皇妃の養父)の屋敷跡で,「四条(しじょう)内裏(だいり)」または「四条(しじょう)東洞(ひがしのとう)院内裡(いんだいり)」と言われた。この邸内にあった鎮守の社...