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検索結果 1110件が該当しました

「新古今和歌集」成立(1205)

「新古今和歌集」は、後鳥羽上皇の勅令で元丘2年(1205)、藤原定家、藤原家隆らが撰した歌集。貴族的権威崩壊の背景が、貴族歌人を超現実的な自然観照と洗練された技巧表現にはしらせた。

愛染院 木造十一面観音立像

重要文化財。美術工芸品(彫刻)。指定書番号797。旧護摩堂本尊。平安。10世紀。一木造。高さ1.6メートル、右手を垂れ、左手に宝瓶を持つ、矮躯肥満、重量感に富む尊像。腰部の衣文の翻波形から、弘仁末期の像とみられる。光背・台座は後補。本尊は愛染明王坐像(鎌倉)。当寺は中京区か...

葵の風

五味康祐の短編小説。安徳天皇は本当に壇ノ浦に沈んだのか。源平合戦の時代、高倉天皇と小督の悲恋と安徳天皇入水に題材を得て書かれた奇抜な発想の作品である。

葵祭復興(1946)

葵祭は、毎年5月15日に行われる上賀茂神社および下鴨神社の祭礼である。欽明天皇の代に凶作が続き賀茂神の祟りを鎮めるために始まった祭り。途中何度も途絶えたが、昭和21年(1946)に復興した。

明智光秀

安土桃山期の武将。織田信長に仕え、信長入京後は京都の治世に当たる。備中(岡山県)高松城を攻める豊臣秀吉の援軍を信長に命じられたが、本能寺にいた信長を急襲、自刃させた。これが本能寺の変で、その後の山崎の合戦で秀吉に敗れ、近江(滋賀県)坂本城へ逃れる途中、伏見区小栗栖小...

足利将軍室町第跡

足利3代将軍義満が1378年(永和4)に造営した邸宅。室町幕府があった。室町殿・室町御所・花の御所とも。烏丸通と室町通、今出川通と上立売通に囲まれた東西110メートル、南北220メートルに多くの殿舎、庭園美をきわめ、室町時代の政治、文化の中心地であった。しかし応仁の乱で焼失、い...

足利尊氏

室町幕府初代の将軍。元弘の乱で鎌倉幕府軍として京都入り。丹波篠村八幡宮(亀岡市)で幕府に反旗を掲げ、六波羅探題を滅ぼす。やがて、建武新政にそむき、九州へ敗走後、再び京都へ入り、室町幕府を開く。天龍寺を創建。京都で没し、菩提所は北区、等持院。1305(嘉元3)~1358(延文3)

足利義政

室町幕府8代将軍。実子がなく、弟義視を後嗣とした後、妻日野富子が生んだ義尚を将軍に立てようとし、応仁の乱の要因となる。将軍を義尚に譲り、東山に山荘(銀閣寺・慈照寺)を造営。この山荘を中心に東山文化が興隆。墓は上京区、相国寺。1436(永享8)~1490(延徳2)

足利義政、東山山荘を造営(1473)

室町幕府8代将軍・足利義政は、文明5年(1473)、義尚に将軍職を譲り、大乱で焼亡した東山浄土寺跡地一帯に東山山荘を造営した。この東山山荘が、後の銀閣寺である。以後、東山文化の興隆をもたらすことになる。

足利義満

室町幕府3代将軍。南北朝合一を成し、各地の強力守護を制圧し、幕府権力を固めた。明と国交を開き、貿易を振興。将軍職を退いても太政大臣として実権を握る。相国寺を創建。造営した北山殿(金閣寺・鹿苑寺)で没。菩提所は北区、等持院。1358(延文33)~1408(応永15)