文覚

内容概要

鎌倉前期の真言宗の僧。北面の武士であったが、18歳のとき、源渡の妻・袈裟御前を誤って殺し出家。神護寺再興の勧進を後白河上皇に強要し、伊豆に配流。そこで源頼朝に挙兵を促したという。鎌倉幕府成立で、頼朝の援助により神護寺を復興し、東寺の修復に尽力。その後、隠岐に流罪、さらに配流された鎮西で没したという。墓は右京区、神護寺。生没年不詳

【正式名称】
文覚(もんがく)

関連情報

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