嵯峨天皇

内容概要

第52代。桓武天皇の第2皇子。在位の初め、薬子の変を乗り切り、蔵人所、検非違使などを設け、律令制を固めた。中国文化に目を向け、唐風文化を興隆。書にもすぐれ、空海、橘逸勢とともに三筆の一人。晩年に住んだ嵯峨院(大覚寺)で没。陵墓は右京区北嵯峨朝原山町、嵯峨山上陵。786(延暦5)~842(承和9)

【正式名称】
嵯峨天皇(さがてんのう)

関連情報

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空海 平安初期の僧。日本真言宗の開祖。弘法大師。三筆の一人。讃岐(香川県)生まれ。入唐し、密教を究めて帰国。京都の高雄山寺(現神護寺)に入住、のち高野山を開創。東寺を真言道場とし、庶...
橘逸勢 平安前期の官人・能書家。嵯峨天皇、空海とともに三筆。入唐し、橘秀才と呼ばれた。帰国後、謀反(承和の変)に連座したとして伊豆に配流途中の遠江(静岡県)で病没。死後、無実として正五...
大覚寺 真言宗大覚寺派の本山。876年(貞観18年)、嵯峨天皇の離宮嵯峨院を寺院に改め、歴代の天皇や皇族が住持された門跡寺院であり、嵯峨御所として知られる。境内に書院造の正寝殿(重文)には、...