織田信長

内容概要

戦国大名。尾張(愛知県)、美濃(岐阜県)で勢力を張り、足利義昭を奉じて入京。義昭を将軍職にし、のちに追放。京都では禁裏を修復したが、上京を焼き打ち。中国地方へ出陣のため入京、止宿の西洞院四条坊門、旧本能寺で明智光秀に討たれ、自刃。墓は上京区寺町通今出川上ル、阿弥陀寺や中京区、本能寺など。北区、建勲神社に祭られる。1534(天文3)~1582(天正10)

【正式名称】
織田信長(おだのぶなが)

関連情報

明智光秀 安土桃山期の武将。織田信長に仕え、信長入京後は京都の治世に当たる。備中(岡山県)高松城を攻める豊臣秀吉の援軍を信長に命じられたが、本能寺にいた信長を急襲、自刃させた。これが本能...
阿弥陀寺<上京区> 蓮臺山・※そう見院・阿弥陀寺、織田信長の法名「※そう見院」を冠する浄土宗寺院・百万遍知恩寺末。信長の帰依を受けた清玉上人開山、当時蓮臺野芝薬師に塔頭十三ケ院、八町四方の伽藍を構え...
建勲神社 天下を統一した織田信長の偉勲を称え、明治2年明治天皇が創建。1910年(明治43)船岡山の山腹にあった社を山頂に遷祀した。建勲の神号は明治天皇が下賜。明治8年別格官幣社指定。なお船岡山...
寺町通 京都市街地中央部の南北路。北は鞍馬口通から南は五条通まで。一条通から南は平安京の東京極大路に当たる。豊臣秀吉の京都改造で洛中の寺院をこの通りに集めたのが通り名の由来。1895年(明...
本能寺 織田信長が明智光秀に襲われ自害・焼失した本能寺は現在地の寺町御池ではなく、1582年(天正10)ごろは堀川四条の近くにあり寺域は東西150メートル、南北300メートル。本能寺の変後、豊臣秀...