宝慈院(駒札)

内容概要

 樹下山(じゅげざん)と号し、「千代野御所」と称する尼門跡寺院の一つで、無外如(むげにょ)大尼によって創建された景愛尼寺の支院である。寺号は、はじめ資樹院と称したが、応仁の乱の後、宝慈院と改められた。  光巌天皇皇女華林恵厳(かりんえごん)尼が住持のとき、如大尼の幼名千代野姫に因んで「千代野御所」と号し、紫衣を許された。これ以後当院の住持は、皇族、あるいは公卿の女子と定まり、江戸時代には比丘尼(びくに)御所の一つに列した。  本堂は天明8年(1788)の大火後の再建。収蔵庫に安置されている本尊阿弥陀如来像(重要文化財)は寄木造丈六の坐像で景愛寺の旧仏といわれる。脇壇には仏光国師像と無外如大坐像(重要文化財)をまつる。上京区衣棚町通寺ノ内上る下木下町

【正式名称】
宝慈院
【住所】
衣棚通寺ノ内上る下木下町
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周辺情報

三時知恩寺  浄土宗の尼門跡寺院である。

 14世紀半ば、後光厳天皇皇女見子内親王の創立に始まる。内親王は深く仏教に帰依し、宮中に安置された唐より招来の善導大師像をたまわり、当寺の本尊とさ...
慈照院  臨済宗相国寺派に属し、もとは大徳院と称した。延徳2年(1490)足利義政の塔所影堂となり、その法号より慈照院とした。

 当院第七世の仏性本源国師(きん叔顕たく(きんしゅくけん...
白峯神宮  当神宮は、崇徳(すとく)天皇及び淳仁(じゅんにん)天皇を祀る。

 明治天皇は父孝明天皇の遺志を継ぎ、保元の乱により讃岐国(香川県)へ配流になった崇徳天皇の慰霊のため、明治元年...
大応寺 金剛山と号し、臨済宗相国寺派に属する。この地は九世紀初頭、壇林皇后によって非田院(病人・貧窮者・孤児の救済施設)が建てられ、文明二年(一四七〇)後花園天皇が没したとき、その遺骸...
百々橋の礎石 この石は、応仁の乱(一四六七~一四七七)の戦場として歴史に名をとどめる「百々橋」の疎石の一つである。
百々橋は当時を南北に流れていた小川に架かっていた橋(長さ約七・四メートル、幅...
藤井右門宅跡  この地に江戸中期の尊王論者藤井大和守直明(右門)の居宅があった。

 右門は播磨赤穂藩の遺臣の子で、享保5年(1720)富山県小杉町の生れである。京都に出て竹内式部らと交わり、...
妙覚寺大門  妙覚寺は北竜華具足山と号し、京都日蓮宗名刹三具山および京都十六本山の一つである。開山は日像上人とされているが、実際には竜華院日実上人が創建した寺である。はじめ四条大宮、のち二...
妙顕寺  貝足山と号し、龍華院ともいう日蓮宗の大本山の一つである。

 日像上人が日蓮聖人の遺命を受け、永仁2年春より長年の忍難弘通(ぐつう)の末、元享元年(1321)京都における日蓮宗...
禁門変長州藩殉職者墓所  この墓地の中に、元治元年(1864)の禁門の変(蛤御門(はまぐりごもん)の変、甲子(かつし)の変ともいう)ご戦死した長州藩士の墓がある。  攘夷派の先鋒であった長州藩は、この...
御霊神社(上御霊神社)  祭神として崇道天皇(早良(さわら)親王)、吉備真備(きびのまきび)、橘逸勢(たちばなのはやなり)はじめ十三柱の神霊を祀る。  この地には、はじめ付近住民の氏寺として創建された...
応仁の乱勃発地  文正2年(1467)正月18日早朝、この付近、すなわち上御霊神社の森の合戦から、応仁の乱ははじまった。17日深夜、畠山政長は自邸を焼いて一族や奈良の成身院光宣らと兵約二千を率...
御霊神社 794年(延暦13)崇道天皇を祀ったのが始まり。その後仁明、清和天皇時代をへて7柱が合祀され、863年(貞観5)悪疫退散の御霊会が勅命で催された。国家、皇室、都民守護の社として朝野の崇敬...
精大明神例祭 7月7日、白峯神宮。摂社の精大明神が蹴鞠(けまり)の七夕の神様で、芸能・学問の向上として知られ、当日は午後から蹴鞠が庭上で奉納される。又、奉納後はけまり体験ができます。また、20...
人形供養祭 10月14日、宝鏡寺。人形の寺として知られる同寺で営まれる。人形塚の前でお勤めや納灰が行われ、本堂で奉納芸能あり。京人形商工業協同組合が主催する。また人形供養の受付は毎日10時~15時...
白峯神宮 明治天皇が1868年(明治元)讃岐の白峯陵から崇徳天皇の御霊を遷し創建された旧官幣大社。のち明治6年淳仁天皇も淡路陵から御霊を遷し合祀。御祭神の崇徳天皇は「保元の乱」で、淳仁天皇は「藤...
宝鏡寺人形展 3月1日~4月3日、11月1日~30日の春秋2回、宝鏡寺。長い尼門跡寺院の歴史のなかで、皇室から下賜された人形、歴代の門跡ゆかりの寺宝が多数所蔵されており、これらを中心に寺宝の人形が展示...
瑞春院 相国寺塔頭。室町末期「蔭涼軒日録」(おんりょうけんにちろく)=禅寺の僧事一般を将軍へ披露する役を務めた蔭涼軒主の公用日記=を記した亀泉集証が創建。初め雲頂院と号した。天明の大火...
柊大明神祭・節分祭 2月3日、白峯神宮。厄落しには絶大なる京都唯一の神符「柊護符」を特別に授与(有料)。(1/27~2/4の間、郵送可。)赤神札と柊護符を組み合わせた、非常に特殊で希少なお神札(ふだ)です。
武道繁栄奨励祭 5月5日子どもの日、白峯神宮。「子供の日武道繁栄奨励祭」は、松濤館空手道白峯塾の子供たちによる奉納演武が行われ、「古武道奉納奉告祭」は、日本古武道振興会加盟の各流各派によって、...
夏越大祓式 6月30日、白峯神宮。半年間の身の罪穢れを清める大祓神事で大祓祝詞が奏上された後、茅の輪くぐり神事が行われ、特製の厄除「茅の輪護符」が特別に授与(有料)されます。
七夕小町をどり 7月7日、白峯神宮。精大明神祭に「蹴鞠(けまり)」奉納神事の後、少女たちが七夕の大笹を廻ってあでやかに踊る夏の風物詩です。元禄の頃に西陣の乙女たちが、技能・芸能の上達を祈って踊り...
上京薪能 9月21日(当日が土日の時は変更)白峯神宮特設舞台(雨天の場合は金剛能楽堂)で,能・狂言・箏の演奏などが上演される。お問合せ 075-441-5040(上京区役所地域力推進室まちづくり推進担当)
観月祭(献燈祭) 旧暦9月望月の日、白峯神宮。仄(ほの)かなる燈火の中に祭壇を設けて、秋の七草を供え大御恵みを感謝するとともに、仰ぎ見る月を愛で、神賑行事の奉納によって、雅のひとときを過ごします。...
伴緒社祭 11月15日、白峯神宮。保元の乱に崇徳天皇方に馳せ参じた、源為義(源氏の棟梁)と、弓で名高い鎮西八郎為朝の、父子二公を武道の神様としてお祀りする。なお、為朝公は琉球王家の祖になっ...
献茶祭 11月23日、白峯神宮。清少納言が「枕草子」168段でほめたたえている飛鳥井の名水を汲み上げて、「(公財)煎茶道 芳円流」家元のご奉仕による、煎茶が奉納されます。お茶席も設けられ、...
お火焚祭 11月23日、白峯神宮。家内安全・除災招福など様々な願いの込められた「祈願木」を浄火により焚き上げます。同日、新嘗祭・献茶祭・日供講大祭も斎行されている。参拝自由
報恩寺 前身は定かではないが、室町時代中期までは八宗兼学の寺院として一条高倉付近にあったが、後柏原天皇の勅旨で、1501年(文亀1)慶誉が再興、浄土宗寺院となる。天正年間(1573~92)現在地に...
宝鏡寺 中世京洛に栄えた尼五山の一つであった景愛寺の法灯を受け継ぐ宝鏡寺は、光厳天皇皇女華林宮惠厳禅尼公が伊勢二見浦で、漁網にかかった聖観世音菩薩を奉じて創建・開山による臨済宗単立の尼...
本山 本法寺 永享8(1436)年日親上人の創建。日蓮宗。本阿弥家の菩提寺。もとは四条高倉にあり一条戻橋辺に移ったが、天正15(1587)年にこの地に移った。光悦の寄進状を添えた紫紙金字法華経(重文)、長谷...
御霊祭 5月1日~5月18日、御霊神社。初日に社頭の儀が、最終日に渡御の儀が行なわれる。その後、牛車と3基の神輿が氏子域を巡行し、神輿渡御が見られる。17日からは夕方に露店も出ている。期間中、...
例祭・小山郷六斎念仏 8月18日、御霊神社。9:30から祭典が行なわれ、茂山社中による狂言が奉納される。19:30以降、和太鼓の奉納があり、境内では小山郷六斎念仏保存会の念仏踊が賑やかに催される。地下鉄烏丸線/...
春季例大祭<白峯神宮> 4月14日、白峯神宮。この地は、蹴鞠や和歌の宗家飛鳥井家の邸宅があったところで、境内に鞠神、精大明神を祀っている。祭典の後、鞠装束に身をつつんだ鞠人が蹴鞠を奉納する。奉納後は、けま...
閑臥庵 黄檗宗。後水尾法皇が御信仰篤く、もと梶井常修院の宮の院邸を献上されたものである。初代隠元禅師から六代目の黄檗山萬福寺管長千呆禅師を招いて1671年に開山した。法皇より「閑臥庵」の勅...
羽休山飛行院 西林寺  延暦(えんりゃく)年間(781~806)に、慶俊僧都(けいしゅんそうず)によって開かれた天台宗(てんだいしゅう)の寺院。僧都がこの地で朝露に乱れ咲く木槿の草むらから地蔵尊を感得された...
光照院門跡 浄土宗単立の尼門跡寺院。1356年(延文元)、後伏見天皇の皇女進子内親王が22歳のおん時に泉涌寺の無人如導によってご落飾、おん名を自本覚公と改められ、同年室町一条北の地に一宇を興して寺...
上立売通 京都市街地北部の東西路。東は寺町通から西は千本通までだが、中断する部分がある。通り名は商品の立ち売りをしていたのが由来という。開通時期ははっきりしないが、中世後期には開かれてい...
一般財団法人 ギルドハウス京菓子 京菓子老舗設立の文化施設。京菓子に関する古文書、絵画、美術工芸品、道具類などと糖芸菓子も展示している。茶室で一服楽しめる。1978(昭和53)年設立ホームページ http://www.kyogashi.c...
ハリス理化学館同志社ギャラリー 同志社は、1875年(明治8)、新島襄が開校した同志社英学校を前身とします。襄は、約10年間の海外での学びを終えたのち、日本でキリスト教主義に基づく教育により人物を育成することを期しま...
薩摩藩邸跡 京屋敷は幕末までの間、転々としたが、1863年(文久3)島津久光が上洛後に上京区の相国寺南の二本松に新屋敷を設け、北区等持院にも邸を構えた。明治になって錦小路の邸跡は誓願寺に。のち京...
藤井右門宅跡 この地に江戸中期の尊王論者藤井大和守直明(右門)の居宅があった。富山県生まれの右門は京都に出て皇学所教授となって公家に尊王論を説いた。明和3年(1766)東京で処刑された(明和事件)...
宝鏡寺庭園 宝鏡寺南庭は一面の苔が美しく秋の紅葉「一木百樹」とのコントラストが鮮やかである。東庭は桜、椿、柿、花梨など華やかな花木の庭。また皇女和宮ゆかりの「鶴亀の庭」がある。中庭にも奈良...
本法寺 巴の庭 本阿弥光悦作「三巴の庭」。この庭園は国の名勝に指定。奥深い部分に枯滝石組(三尊石組)は室町時代の手法を巧みに再現され、一段落して配置された縦縞模様をもつ青石により水流の落ちる様相...
京菓子資料館(見学) 京菓子老舗設立の文化施設京菓子に関する古文書、絵画、美術工芸品、道具類などと糖芸菓子も展示している。茶室で一服楽しめる。1978(昭和53)年設立・展示-糖芸菓子大小数点、菓子什器・...
鞍馬口商店連盟会 地下鉄鞍馬口駅を区内に持ち、近くの大型店と連携したイベントを開催したこともある。地域住民と旅行や鮎釣りに行くなど、交流が盛んだった商店街。近くの上御霊神社で夜店をしたり、くじ引...
此付近薩摩藩邸跡  現同志社構内の敷地一帯は、幕末に薩摩(鹿児島)藩々邸があった所である。京都薩摩藩邸がはじめに置かれたのは中京区錦東洞院であるが、そこが手狭なため、文久2年(1862)にここに...