大応寺(駒札)

内容概要

金剛山と号し、臨済宗相国寺派に属する。この地は九世紀初頭、壇林皇后によって非田院(病人・貧窮者・孤児の救済施設)が建てられ、文明二年(一四七〇)後花園天皇が没したとき、その遺骸が火葬されたところでもある。応仁の乱後、久しく荒廃していたが、天正一四年(一五八六)に虚應和尚がその由緒ある遺跡を惜しんで、一字を建立したのが当寺の起こりである。 堂宇は度々火災にあい、現在の建物は文化五年(一八〇八)以後の再建である。本堂内には、本尊として釈迦如来、脇侍に迦葉・阿難を安置するほか、後花園天皇の念持仏という観世音菩薩像を祀る。

【正式名称】
大応寺
【住所】
堀川上御霊前上る扇町
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周辺情報

玄武神社  祭神として、文徳天皇の皇子である惟喬親王(これたかしんのう)を祀り、別名惟喬社(これたかのやしろ)とも呼ばれている。  社名の玄武とは、青竜、白虎、朱雀とともに王城を守る四神...
西法寺  安居院(あぐい)と号し、浄土真宗本願寺派に属する。文禄二年(1593)、僧明円が安居院を再建し、名を西法寺と改めて真宗寺院としたものである。安居院とは、この近くにあった比叡山延...
百々橋の礎石 この石は、応仁の乱(一四六七~一四七七)の戦場として歴史に名をとどめる「百々橋」の疎石の一つである。
百々橋は当時を南北に流れていた小川に架かっていた橋(長さ約七・四メートル、幅...
宝慈院  樹下山(じゅげざん)と号し、「千代野御所」と称する尼門跡寺院の一つで、無外如(むげにょ)大尼によって創建された景愛尼寺の支院である。寺号は、はじめ資樹院と称したが、応仁の乱の...
本法寺  叡昌山と号し、日蓮宗本山の一つである。永享8年(1436)本阿弥(ほんあみ)清信が日親上人を開基に請(しょう)じて創建したのが当寺の起りという。

 はじめ四条高倉にあったが、...
妙覚寺大門  妙覚寺は北竜華具足山と号し、京都日蓮宗名刹三具山および京都十六本山の一つである。開山は日像上人とされているが、実際には竜華院日実上人が創建した寺である。はじめ四条大宮、のち二...
妙顕寺  貝足山と号し、龍華院ともいう日蓮宗の大本山の一つである。

 日像上人が日蓮聖人の遺命を受け、永仁2年春より長年の忍難弘通(ぐつう)の末、元享元年(1321)京都における日蓮宗...
妙蓮寺  本門法華宗の大本山で、卯木山と号し、日像上人(にちぞうしょうにん)を開基とする。

 永仁3年(1295)に、柳屋仲興道妙蓮が日像上人に帰依して、西洞院五条の邸を寺に改め、柳寺...
山名宗全邸宅跡  山名宗全は応永11年(1404)に生まれ、名を持豊といい、後に宗全と号したが、赤ら顔であったので赤入道ともいわれた。但馬をはじめ数ヶ国を領し、強大な勢力を持っていた。

 子供...
雲林院  雲林院は、平安時代の紫野の史跡である。この付近一帯は広大な荒野で、狩猟も行われていた。淳和天皇(在位823~833)は、ここに広大な離宮紫野院を造られ、度々行幸された。桜や紅...
人形供養祭 10月14日、宝鏡寺。人形の寺として知られる同寺で営まれる。人形塚の前でお勤めや納灰が行われ、本堂で奉納芸能あり。京人形商工業協同組合が主催する。また人形供養の受付は毎日10時~15時...
宝鏡寺人形展 3月1日~4月3日、11月1日~30日の春秋2回、宝鏡寺。長い尼門跡寺院の歴史のなかで、皇室から下賜された人形、歴代の門跡ゆかりの寺宝が多数所蔵されており、これらを中心に寺宝の人形が展示...
報恩寺 前身は定かではないが、室町時代中期までは八宗兼学の寺院として一条高倉付近にあったが、後柏原天皇の勅旨で、1501年(文亀1)慶誉が再興、浄土宗寺院となる。天正年間(1573~92)現在地に...
宝鏡寺 中世京洛に栄えた尼五山の一つであった景愛寺の法灯を受け継ぐ宝鏡寺は、光厳天皇皇女華林宮惠厳禅尼公が伊勢二見浦で、漁網にかかった聖観世音菩薩を奉じて創建・開山による臨済宗単立の尼...
本山 本法寺 永享8(1436)年日親上人の創建。日蓮宗。本阿弥家の菩提寺。もとは四条高倉にあり一条戻橋辺に移ったが、天正15(1587)年にこの地に移った。光悦の寄進状を添えた紫紙金字法華経(重文)、長谷...
妙蓮寺 日蓮の孫弟子日像が開基。天正15年(1587)この地に落ち着くまで幾度かの移転を繰り返した。収蔵庫に長谷川等伯一派の筆になる障壁画、松尾社一切経など多くの文化財を所蔵。観賞式石庭で「...
玄武神社 惟喬親王を奉斉し、4月第2日曜日に玄武やすらい祭を斉行する。京都北方の守護神社、各家庭の北の方位をまもる。
雲林院 船岡山の東麓にあり、初め紫野院と云い淳和天皇の御離宮であった「大鏡」、「源氏物語」、「古今和歌集」等、平安時代のほとんどの文献に登場する古刹である。元亨四年、敷地を宗峰妙超が賜...
羽休山飛行院 西林寺  延暦(えんりゃく)年間(781~806)に、慶俊僧都(けいしゅんそうず)によって開かれた天台宗(てんだいしゅう)の寺院。僧都がこの地で朝露に乱れ咲く木槿の草むらから地蔵尊を感得された...
光照院門跡 浄土宗単立の尼門跡寺院。1356年(延文元)、後伏見天皇の皇女進子内親王が22歳のおん時に泉涌寺の無人如導によってご落飾、おん名を自本覚公と改められ、同年室町一条北の地に一宇を興して寺...
水火天満宮 923年(延長1)醍醐天皇の勅願により菅原道真の神霊を祀ったと伝える。水難火難除けの神として知られ、もと上京区上天神町にあったが堀川通の拡張により昭和25年現在地に移転した。菅公(道...
上立売通 京都市街地北部の東西路。東は寺町通から西は千本通までだが、中断する部分がある。通り名は商品の立ち売りをしていたのが由来という。開通時期ははっきりしないが、中世後期には開かれてい...
室町通 京都市街地中央部の南北路。北は北山通から南は十条通南までだが、東本願寺、京都駅で中断。平安京の室町小路に当たる。通り名の由来は室があったためとか、室町川が流れていたからともいう...
茶道資料館 当館では年に4、5回、茶の湯に関する企画展を催し、茶碗、掛物などの茶道具の名品や美術工芸品を中心に展示しています。展示期間中には講演会や講座なども行います(詳細は当館HPをご覧くださ...
山名宗全の邸宅跡 山名宗全は応永11年(1404)に生まれ、名を持豊といい、のち宗全と号したが、赤ら顔であったので赤入道ともいわれた。但馬をはじめ数ケ国を領し、強大な勢力を持っていた。 なれや知る都...
水火天満宮 出生石 水火天満宮境内、登天石横にある神石。大願成就、世に出る石として、信仰がある。
水火天満宮 登天石 「菅公登天石」とも呼ばれる。洛中をしばしば雷火が見舞い、祈祷の命を受けた法性坊尊意が宮中へ向かおうと鴨川に差し掛かると、川が急に氾濫した。神劔を捧げ祈ると、水はたちまち二分し、...
宝鏡寺庭園 宝鏡寺南庭は一面の苔が美しく秋の紅葉「一木百樹」とのコントラストが鮮やかである。東庭は桜、椿、柿、花梨など華やかな花木の庭。また皇女和宮ゆかりの「鶴亀の庭」がある。中庭にも奈良...
本法寺 巴の庭 本阿弥光悦作「三巴の庭」。この庭園は国の名勝に指定。奥深い部分に枯滝石組(三尊石組)は室町時代の手法を巧みに再現され、一段落して配置された縦縞模様をもつ青石により水流の落ちる様相...
妙蓮寺十六羅漢石庭 妙蓮寺庭園には秀吉から賜った臥牛石(がぎゅうせき)・釈迦を中心とした枯山水で白砂に十六羅漢に見立てた置石が表情豊かに配置されており、また釈迦三尊石に見立てた獅子・象を形どった特...
報恩寺  寺伝では室町時代、一条高倉に開創したとあり、法園寺または法音寺という天台・浄土兼学の寺であった。文亀元年(一五〇一)慶譽が再興し、浄土宗報恩寺と改め、天正十三年(一五八五)秀...