西法寺(駒札)

内容概要

 安居院(あぐい)と号し、浄土真宗本願寺派に属する。文禄二年(1593)、僧明円が安居院を再建し、名を西法寺と改めて真宗寺院としたものである。安居院とは、この近くにあった比叡山延暦寺山内の竹林院の里坊のことである。平安時代の末期以来、安居院には名僧が住み、中でも澄憲僧正(藤原信の子)、聖覚法印(信西の孫)らが唱導(神仏の功徳を説いて信仰を勧めること)の技術に優れ、以後、代々受け継いで安居院流の唱導を作り出したことで有名である。14世紀頃に神社の縁起を集めた「神道集」がこの流派の人々によって作られた。聖覚の墓は当寺の境内にある。なお、聖覚は謡曲「源氏供養」にも語られている。寺宝として安居院及び真宗関係の仏像・文書類等を蔵している。上京区大宮通寺ノ内上る3丁目東入新ン町

【正式名称】
西法寺
【住所】
大宮通寺ノ内上る3丁目東入新ン町
地図表示

周辺情報

玄武神社  祭神として、文徳天皇の皇子である惟喬親王(これたかしんのう)を祀り、別名惟喬社(これたかのやしろ)とも呼ばれている。  社名の玄武とは、青竜、白虎、朱雀とともに王城を守る四神...
黄梅院  当院は、その前身を黄梅菴といい永禄6年(1563)武野紹鴎(たけのじょうおう)・今井宗久らの帰依により春林宗俶(そうしゅく)を開祖として小菴が営まれるに始まる。のち春林の弟子...
龍源院  本院は大徳寺南派の本庵で、文亀2年(1502)大燈国師八世の法孫東渓宗牧(とうけいそうぼく)を開山として、能登(石川県)守護畠山義元が創建したものである。

 方丈・唐門・表門...
大応寺 金剛山と号し、臨済宗相国寺派に属する。この地は九世紀初頭、壇林皇后によって非田院(病人・貧窮者・孤児の救済施設)が建てられ、文明二年(一四七〇)後花園天皇が没したとき、その遺骸...
百々橋の礎石 この石は、応仁の乱(一四六七~一四七七)の戦場として歴史に名をとどめる「百々橋」の疎石の一つである。
百々橋は当時を南北に流れていた小川に架かっていた橋(長さ約七・四メートル、幅...
本法寺  叡昌山と号し、日蓮宗本山の一つである。永享8年(1436)本阿弥(ほんあみ)清信が日親上人を開基に請(しょう)じて創建したのが当寺の起りという。

 はじめ四条高倉にあったが、...
妙覚寺大門  妙覚寺は北竜華具足山と号し、京都日蓮宗名刹三具山および京都十六本山の一つである。開山は日像上人とされているが、実際には竜華院日実上人が創建した寺である。はじめ四条大宮、のち二...
妙顕寺  貝足山と号し、龍華院ともいう日蓮宗の大本山の一つである。

 日像上人が日蓮聖人の遺命を受け、永仁2年春より長年の忍難弘通(ぐつう)の末、元享元年(1321)京都における日蓮宗...
妙蓮寺  本門法華宗の大本山で、卯木山と号し、日像上人(にちぞうしょうにん)を開基とする。

 永仁3年(1295)に、柳屋仲興道妙蓮が日像上人に帰依して、西洞院五条の邸を寺に改め、柳寺...
雲林院  雲林院は、平安時代の紫野の史跡である。この付近一帯は広大な荒野で、狩猟も行われていた。淳和天皇(在位823~833)は、ここに広大な離宮紫野院を造られ、度々行幸された。桜や紅...
建勲神社  織田信長を祀る神社で、通称「けんくんじんじゃ」とも呼ばれる。  天下を統一した信長の偉勲を称え、明治2年(1869)明治天皇により創建された。同8年(1875)別格官幣社に列...
岩上神社  伝えによれば,二条堀川付近にあった霊石が六角通(岩上通六角辺り)に遷(うつ)され、更に中和門院(ちゅうわもんいん)(後(ご)陽(よう)成(ぜい)天皇の女御の一人で後(ご)水尾(みずのお)天...
雨宝院  北向山雨宝院と号する高野山真言宗の寺である。もとは、大聖歓喜寺(だいしょうかんきじ)と呼ばれ、千本五辻(せんぼんいつつじ)にあったが、応仁の兵乱(1467)により堂宇は荒廃し...
人形供養祭 10月14日、宝鏡寺。人形の寺として知られる同寺で営まれる。人形塚の前でお勤めや納灰が行われ、本堂で奉納芸能あり。京人形商工業協同組合が主催する。また人形供養の受付は毎日10時~15時...
宝鏡寺人形展 3月1日~4月3日、11月1日~30日の春秋2回、宝鏡寺。長い尼門跡寺院の歴史のなかで、皇室から下賜された人形、歴代の門跡ゆかりの寺宝が多数所蔵されており、これらを中心に寺宝の人形が展示...
報恩寺 前身は定かではないが、室町時代中期までは八宗兼学の寺院として一条高倉付近にあったが、後柏原天皇の勅旨で、1501年(文亀1)慶誉が再興、浄土宗寺院となる。天正年間(1573~92)現在地に...
宝鏡寺 中世京洛に栄えた尼五山の一つであった景愛寺の法灯を受け継ぐ宝鏡寺は、光厳天皇皇女華林宮惠厳禅尼公が伊勢二見浦で、漁網にかかった聖観世音菩薩を奉じて創建・開山による臨済宗単立の尼...
本山 本法寺 永享8(1436)年日親上人の創建。日蓮宗。本阿弥家の菩提寺。もとは四条高倉にあり一条戻橋辺に移ったが、天正15(1587)年にこの地に移った。光悦の寄進状を添えた紫紙金字法華経(重文)、長谷...
妙蓮寺 日蓮の孫弟子日像が開基。天正15年(1587)この地に落ち着くまで幾度かの移転を繰り返した。収蔵庫に長谷川等伯一派の筆になる障壁画、松尾社一切経など多くの文化財を所蔵。観賞式石庭で「...
龍源院 大徳寺塔頭。文亀2年(1502)大徳寺の開山、大灯国師より第8世の法孫、東渓宗牧禅師を開祖として能登の領主畠山義元公、九州の都総督大友義長らが創建した室町時代最古の方丈建造物として国...
黄梅院 永禄5年(1562)、当時28歳の織田信長が初めて入洛した際に、父・信秀の追善菩提のために小庵「黄梅庵」を建立したことに始まる。本能寺の変によって信長が急逝すると、羽柴(後の豊臣)秀吉...
玄武神社 惟喬親王を奉斉し、4月第2日曜日に玄武やすらい祭を斉行する。京都北方の守護神社、各家庭の北の方位をまもる。
雲林院 船岡山の東麓にあり、初め紫野院と云い淳和天皇の御離宮であった「大鏡」、「源氏物語」、「古今和歌集」等、平安時代のほとんどの文献に登場する古刹である。元亨四年、敷地を宗峰妙超が賜...
水火天満宮 923年(延長1)醍醐天皇の勅願により菅原道真の神霊を祀ったと伝える。水難火難除けの神として知られ、もと上京区上天神町にあったが堀川通の拡張により昭和25年現在地に移転した。菅公(道...
織成舘 昭和11年に西陣織の帯地メーカーの店兼住居として建てられ、梁や柱・明かり取りの天窓など西陣の伝統的な『織屋建』を活かした織のミュージアム。観世流片山家収蔵の復原の能装束・日本各地...
茶道資料館 当館では年に4、5回、茶の湯に関する企画展を催し、茶碗、掛物などの茶道具の名品や美術工芸品を中心に展示しています。展示期間中には講演会や講座なども行います(詳細は当館HPをご覧くださ...
水火天満宮 出生石 水火天満宮境内、登天石横にある神石。大願成就、世に出る石として、信仰がある。
水火天満宮 登天石 「菅公登天石」とも呼ばれる。洛中をしばしば雷火が見舞い、祈祷の命を受けた法性坊尊意が宮中へ向かおうと鴨川に差し掛かると、川が急に氾濫した。神劔を捧げ祈ると、水はたちまち二分し、...
宝鏡寺庭園 宝鏡寺南庭は一面の苔が美しく秋の紅葉「一木百樹」とのコントラストが鮮やかである。東庭は桜、椿、柿、花梨など華やかな花木の庭。また皇女和宮ゆかりの「鶴亀の庭」がある。中庭にも奈良...
本法寺 巴の庭 本阿弥光悦作「三巴の庭」。この庭園は国の名勝に指定。奥深い部分に枯滝石組(三尊石組)は室町時代の手法を巧みに再現され、一段落して配置された縦縞模様をもつ青石により水流の落ちる様相...
妙蓮寺十六羅漢石庭 妙蓮寺庭園には秀吉から賜った臥牛石(がぎゅうせき)・釈迦を中心とした枯山水で白砂に十六羅漢に見立てた置石が表情豊かに配置されており、また釈迦三尊石に見立てた獅子・象を形どった特...
龍源院庭園 龍源院の方丈北庭は青苔の中に点在する石組が印象的。方丈南庭は白砂と石組の枯山水。方丈の東には、5個の石のみで構成された簡素な壷庭「東滴壷」。
織成舘(体験・見学) ・展示-西陣織をはじめ全国各地の手織物、関連資料、各種の機道具、時代衣装、能装束等。・体験-本格的なミニ機による手織り体験と、工房見学。●初心者コース○手織りテーブルセンター  ...
報恩寺  寺伝では室町時代、一条高倉に開創したとあり、法園寺または法音寺という天台・浄土兼学の寺であった。文亀元年(一五〇一)慶譽が再興し、浄土宗報恩寺と改め、天正十三年(一五八五)秀...