仁和寺(駒札)

内容概要

 平安時代前期に第58代光孝天皇が、創建に着手され、第59代宇多天皇によって仁和4年(888)に完成、大内山仁和寺と名付けられた。天皇は退位ののち出家して、仁和寺を住坊とし、30余年間修行に専心された。以後、明治維新まで約1000年間、皇子皇孫が門跡として法燈を伝えた。しかし、その間、応仁の乱の戦火で全伽藍を焼失し、双ヶ岡西麓に仮御所をもうけた時期もあった。  現在の伽藍は、江戸時代初期に徳川家光の協力を得て再建されたもので、御所紫宸殿を移して金堂(国宝)とし、御影堂・観音堂・鐘楼・五重塔・経蔵・二王門(いずれも重要文化財)などは当時の建物である。仁和寺は現在、真言宗御室派の総本山であり、境内は御室(おむろ)御所跡として史跡に指定されている。  また、中門の西奥には「御室(おむろ)の桜」と呼ばれる里桜があり、遅咲きの桜の名所として有名で、名勝に指定されている。右京区御室大内

【正式名称】
仁和寺
【住所】
御室大内33
地図表示

周辺情報

御室の桜(名勝)   仁和寺や足もとよりぞ花の雲 春泥

  ねぶたさの春は御室の花よりぞ 蕪村

 など古来和歌や俳句にうたわれた御室の桜は、里桜を主とし、車返し、有明など白色系のものが約200本...
転法輪寺  獅子吼(ししく)山と号し、浄土宗地恩院派に属する。宝暦8年(1758)、僧関通(かんつう)が北野下ノ森に創建した。この地には、昭和4年に移転した。関通は尾張国(愛知県の生れ)...
仁和寺 真言宗御室派総本山。886年(仁和2)、光孝天皇の勅願により創建、888年(仁和4)に完成。年号を寺名とした。宇多天皇が落髪入寺し寺内に御室(御座所)を設け、御室御所とも呼ばれた。以後...
轉法輪寺 本尊は阿弥陀如来、座像で約7メートルの大仏様である。開基は「関通上人」。江戸時代の僧で、江戸・増上寺での修行を終え、尾張へ帰国の途中、箱根の関で「この世間も南無阿弥陀仏という‘手...
蓮華寺<右京区> 1057年(天喜5)藤原康基が、木喰単称上人作の石造五智如来像を本尊として開創。広沢の池畔から鳴滝音戸山へ、さらに1928年(昭和3)現在地へ移転。離散していた石仏を集めて境内に安置され...
秋季大祭<福王子神社> 10月第3日曜、福王子神社。秋祭り。御神輿の巡行コースは、午前8時半福王子神社を出発→鳴滝→山越→太秦→常盤→御室→仁和寺→福王子神社に16時到着。仁和寺では御神輿が山門を通り、勅使門から宸...
土砂加持法要 中国、唐代から行われ、日本でも鎌倉時代以後盛んとなった。光明真言を唱え加持した土砂の効力によって滅罪生善を祈願する法要。平成29年度は、2月27日非公開文化財の国宝金堂にて執り行う予...
福王子神社 第58代光考天皇の后で、宇多天皇の母君班子女王を祀る。900年(昌泰3)、68歳で崩御された際の陵墓の地と伝わる。神社名は班子女王が多くの皇子皇女を生んだ事に由来する。仁和寺の守護神で...
御室八十八カ所めぐり 仁和寺の北裏、成就山一帯にある霊場めぐり。1827年(文政10)、仁和寺29世門跡済仁が、寺侍に命じて四国八十八カ所霊場の砂を持ち帰らせ開いた。お堂や巡拝路が整備され、市街地が一望でき...
仁和寺霊宝館 仁和寺の創建当時の本尊阿弥陀三尊像などの国宝や重要文化財など多数を展示。春と秋に一般公開。1927(昭和2)年建設。展示目録は仁和寺HPで公表。(http://ninnaji.jp)
陽明文庫 千年の歴史を有する近衛家伝来の古文書類が保存されている。古くには平安中期から明治、大正、昭和に至るまで、十数万点もの貴重な記録・文書が収められており、藤原道長による『御堂関白記...
仁和寺 菅公腰掛石 水掛不動尊の堂内にある岩石は、菅公(菅原道真)腰掛石と呼ばれる。その由来は、菅公自身の大宰府左遷が決まった時、この事態を宇多法皇に訴えるため仁和寺を訪ねるが、あいにく法皇はなが...
仁和寺御殿 仁和寺御殿は宸殿・白書院・霊明殿など7棟と、北庭・南庭・茶室からなる。建造物は平成23年(2011)に登録有形文化財として登録。特に御殿群中央に建つ宸殿は京都府技師であった亀岡末吉の代表...