梁川星巖邸跡碑(駒札)

内容概要

梁川星巖は寛政元年(1789)、郷土稲津家の長男として、美濃国安八郎曽根村(現岐阜県大垣市)に生まれ、幼少のころから華渓寺の大随和尚について学問に励んだ。12歳の時、両親が相次いで病死し、向学心に燃える星巖は、家督を弟にゆずり、江戸に出て山本北山の塾に入門した。 その後、大垣に帰り、私塾「梨花村草舎」を開いて、子弟の教育に打ち込んだ。その弟子の中にのちの妻、紅蘭の学ぶ姿もあった。紅蘭との結婚後、夫婦連れだって西国の旅に出て多くの有人墨客と交わり、44歳の時、江戸に出て天保5年(1834)に、詩塾「玉池吟社」を開き、漢詩人として名を大いに高めた。また、佐久間象山や身との藤田東湖らと国の将来について議論し。弘化2年(1845)大垣に帰り、白鴎社の人々と詩会を催したり、 小原鉄心らと国事を談じたりした。 58歳の時、京都に移住し、尊皇攘夷を唱え、梅田雲浜、西郷隆盛、頼三樹三郎らと活動した。この時期、南朝の史跡を懐古し詠んだ「吉野懐古」は有名で、勤王詩人としてのイメージを確立した。 尊攘派に対する幕府の弾圧が厳しくなった安政5年(1858)、星巖は京都で大流行していたコレラに罹り、9が通2日東三本木「老龍庵」で永眠した。 この邸跡碑は、8年間暮らした「鴨沂小隠」跡を示すものである。 京都市

【正式名称】
梁川星巖邸跡碑(やながわせいがんていあとひ)
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