元慶寺(駒札)

内容概要

 天台宗の寺院で,華頂山元慶寺という。本尊は薬師瑠璃光如来。  六歌仙の一人として知られる遍昭が,陽成天皇降誕に際して貞観十年(868年)に定額寺と称して建立した。元慶元年(877年)に清和天皇の勅願寺となり,元慶寺と改めた。  寛和二年(986年)外孫・懐仁親王の皇太子即位を画策する右大臣藤原兼家と道兼父子の策謀により,在位2年で第65代花山天皇が退位,出家されることとなった。花山天皇は元慶寺で出家し,花山法皇と称した。その後,花山法皇は徳道上人が創始したのち,廃れつつあった西国三十三所観音霊場巡りを復興したため,これが縁で元慶寺は西国三十三所番外札所となっている。  寺格も高く多くの寺領で栄えたが,応仁の乱で焼失した。今日に残る鐘楼門,本堂(薬師堂),五大堂,庫裏は,寛政元年(1789年)から寛政四年にかけ,妙法院宮堯恭法親王と真仁法親王の御遺志に従った妙厳と亮雄恵宅が再興したものである。 鍾楼門の上には,菅原道真が勅命により元慶寺のために詠んだ漢詩が刻まれた三代目の梵鐘が再興され,収められている。

【正式名称】
元慶寺(がんけいじ)
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周辺情報

元慶寺 868年(貞観10)遍昭僧正の開創になる。天台宗。花山天皇は当寺で出家、花山法皇と称した。寺格も高く多くの寺領で栄えたが、応仁の乱で罹災した。いまの建物は安永年間(1772-81)の再建と...