伏見銀座跡

内容概要

伏見区銀座町1・2・3・4丁目。徳川家康が関ケ原合戦に勝利し翌年の1601年(慶長6)5月、伏見に設けた銀貨鋳造発行所。当時伏見は日本最大の城下町であり、中央政治都市。現在、両替町5丁目から8丁目にあたるところが銀座町である。銀座1丁目には銀座跡を示す石碑と案内板がある。京阪電車伏見桃山すぐ。

【正式名称】
伏見銀座跡(ふしみぎんざあと)
【住所】
伏見区銀座町1・2・3・4丁目
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交通案内 京阪電車 伏見桃山

関連情報

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周辺情報

此付近伏見銀座跡  これより北方の銀座町は江戸時代のはじめ、徳川家康によってはじめて銀座がおかれたところである。銀座とは、鋳を加工して一定の品位をもつ丁銀、小玉銀などの銀貨とする独占鋳造所のこと...
西岸寺(油懸地蔵)  油懸山(あぶらかけざん)地蔵院西岸寺と号する浄土宗の寺で、天正18年(1590)雲海(うんかい)上人によって創建された。

 地蔵堂には、俗に油懸地蔵と呼ばれる石仏の地蔵尊を...
大黒寺  円通山と号し、空海(弘法大師)の開基と伝える真言宗東寺派の寺で、もとは長福寺といった。豊臣秀吉が深くこの寺を信奉したのをはじめ、武家の信仰が深かったが、元和元年(1615)伏...
宇治川派流域の歴史 伏見港・宇治川派流は文禄三年(一五九四)豊臣秀吉の伏見城築城にともなう建築資材を運ぶため、宇治川の流路改修工事によりつくられた内陸の河川港です。
伏見城の外堀であった濠川につな...
長建寺  東光山と号し、真言宗醍醐派に属する。八臂弁才天(鎌倉時代後期作)を本尊とし、一般に「島の弁天さん」の名で知られている。

 元禄12年(1699)、伏見奉行建部内匠頭政宇(た...
寺田屋騒動址  文久2年(1862)4月、尊皇攘夷派の先峰であった薩摩藩士9名が殺傷されるという明治維新史上有名な寺田屋騒動が起こった所である。

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源空寺  宝海山(ほうかいざん)と号する浄土宗の寺で、円光大師(法然)の霊場25ヶ所の一つに数えられている。

 寺伝によれば、建久6年(1195)忍空(にんくう)上人によって、はじめ...
御香宮神社  御祭神は神巧(じんぐう)皇后、仲哀(ちゅうあい)天皇、応神天皇など九柱を祀る。

 社伝によれば、貞観4年(862)境内から清泉が湧き出て、その香気が漂い、その水を飲むとたち...
伏見義民事蹟  天明5年(1785)、時の伏見奉行(ぶぎょう)小堀政方(まさかた)の悪政を幕府に直訴し、伏見町民の苦難を救い、自らは悲惨な最期を遂げた文珠(もんじゅ)久助ら7人を伏見義民とい...
御香宮神社 平安期、境内から病気に効く香水がわき出たので清和天皇からこの名を賜ったという。桃山期の特色ある建築物のうち表門や極彩色彫刻の本殿は重文。神功皇后ほかを祀り、豊臣秀吉は伏見城の守...
西岸寺 ある時、山崎の油商人が門前で転び、油をほとんど流してしまった。災難とあきらめ、残りの油を地蔵さんにかけて供養したところ商売繁盛し、大金持ちになったという。1590年(天正18)岸誉雲...
辨財天長建寺 真言宗醍醐派。一般に‘島の弁天さん’と親しまれている。1699年(元禄12)伏見奉行建部内匠頭政宇(たけべたくみのかみまさのき)が中書島開発の際、深草大亀谷の即成就院から塔頭多聞院を分...
御弓始神事 2月中卯の日、御香宮神社。秋の神幸祭に猿田彦命、天鈿女命のニ柱の神の役に当たる本役が、烏帽子・狩衣姿で、拝殿南側に立てられた「左鬼」の大的を射て、この一年の氏子区域内の平穏無事厄...
御香宮献茶祭 4月の内の1日、御香宮神社。三千家家元(持ち回り)により献茶式が行なわれ、境内各所にお茶席が設けられる。また、点心席では伏見の銘酒を飲むことができる、市バス/御香宮前、徒歩すぐ。問...
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七草粥接待 1月7日、御香宮神社。本殿にて七種神事が執行され、その神饌に使われた七草をお粥にして接待する。七草は氏子等農家より寄付され、餅・お米は氏子が正月に供えたもの。水は名水「御香水」を...
春の例祭 4月17日、御香宮神社。祭神の神功皇后の命日に因む。祭典では、舞楽、仕舞等の奉納が行なわれる。市バス/御香宮前、徒歩すぐ。問合先:御香宮神社075-611-0559。見学自由。
火焚祭<御香宮神社> 11月15日、御香宮神社。室町時代より行われている行事で、当日拝殿の南面両側に新穀の稲藁を立て、忌火で点火し、五穀の豊穣と火を生業にする諸産業の弥栄とを祈願した後、氏子崇拝者が願い...
伏見義民祭 5月18日、御香宮神社。伏見奉行・小堀政方の暴政を直訴した文殊九助と、審問のため捕らえられた町人7名が獄死、客死した。この7人は「天明義民」と称され、その義民の子孫や地元関係者らが集...
伏見大手筋 昔の伏見城の南を東西に貫く、伏見区の代表的な商店街。豊臣秀吉の城下町で、城の大手門に通じる道。かつてこのあたり、南北通がメーンのため家の正面は南北通に面し、従って大手筋は横壁が...
伏見城跡出土遺物展示室 伏見城跡出土遺物展示室は御香宮神社の社務所の一画に設けられ、下水道工事や伏見城の発掘調査で出土した瓦の一部を公開している。展示されているのは、大名屋敷の家紋入りの軒丸瓦や伏見城...
河童資料館 河童(カッパ)をキャラクターとして五十有余年。黄桜といえばカッパ、カッパといえば黄桜の河童資料館。河童の世界をわかりやすくテーマ別に展示し、河童のことなら何でも分かる。興味深く...
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伏見奉行所跡 江戸幕府の遠国奉行の一つ。伏見の民政・御所の警護・西国大名を監視。1666年(寛文6)水野忠貞が初代奉行。鳥羽伏見の戦の際、新撰組がここで薩長軍と激戦をかわす。明治期から終戦まで陸軍...
伏見義民事蹟 天明5年(1785)時の伏見奉行(ぶぎょう)小堀政方(まさかた)の悪政を幕府に直訴(じきそ)し、伏見町民の苦難を救い、自らは悲惨な最期を遂げた文珠(もんじゅ)九助ら7人を伏見義民と...
寺田屋 寺田屋は伏見の船宿。文久2(1862)年4月23日、薩摩藩急進派有馬新七(1825~62)以下35名が関白九条尚忠(1798~1871)と京都所司代の殺害を計画して集結した。薩摩藩は藩士を鎮圧に向かわせたが...
御香宮神社石庭 御香宮神社は樹木に囲まれた神聖な境内。庭園は社務所内にある。江戸時代初期小堀遠州公が旧伏見奉行所内に作った庭園を戦後神社に移築した。形式は鶴亀式の枯山水で枯滝の三尊を連続させた...
キザクラ・カッパカントリー 懐かしのテレビCM、お酒と河童(カッパ)のことなら何でもわかる黄桜記念館。京都地ビールの魁(さきがけ)となった「黄桜麦酒」、ここでしか購入できない限定清酒の他、魅力の商品を多数取...
月桂冠大倉記念館 酒の博物館「月桂冠大倉記念館」では、酒造りや日本酒の歴史をわかりやすく紹介しており、昔の酒造用具を行程にしたがってご覧いただけます。ロビーで吟醸酒やプラムワインの試飲もできます...
おくつろぎ処・おみやげ処 伏見夢百衆 大正時代に建造された月桂冠株式会社の旧本店社屋を活用した伏見夢百衆。おみやげ処として伏見の清酒約100種をはじめ、様々な伏見名物を販売。また、喫茶ではきき酒やお酒の仕込み水で点てた...
伏見風呂屋町商店街振興組合 昭和23年に風呂屋町の商店が集まり、地域の発展のため商盛会を結成、昭和39年には法人化する。平成4年には大手筋・納屋町・風呂屋町の3商店街振興組合がラジオ活性化事業(がんばっていま...
伏見大手筋商店街振興組合 豊臣秀吉が築城した伏見城の表門にあたる大手門に続く道として誕生した大手筋通りは、大正12年に「すずらん灯」を設置したおしゃれな商店街としてスタートし、時代とともにその姿を変えてき...
納屋町商店街振興組合 伏見城築城とともに大規模な伏見の町が形成され、城下町としての機能を備えていく中、この地も京都と大阪をつなぐ中継地的な役割を担うようになる。明治42年に納屋町進商会が発足、翌43年に...
竜馬通り商店街振興組合 坂本竜馬であまりにも有名な寺田屋のすぐ東に蓬莱橋がある。この橋の北詰から北上する幅約3メートル程の通りが竜馬通り商店街である。竜馬の経済人としての才能にあやかり、それまでの南納...
魚三楼 ◎料理種別-京料理・鍋もの(しゃぶしゃぶ・沖すき) ●おすすめコース ・京料理会席 10,000円~30,000円  ・季節膳   8,000円 ●サービスメニュー(AM11:30~PM2:00) ・花籠御...
くれたけ ◎料理種別-中華料理 ●おすすめメニュー ・坦々麺750円 春巻き630円 ギョーザ320円 やきめし630円 ●サービスメニュー(平日A.M.11:30~P.M.3:00) ・日替わりランチ 750円  ・ラ...