京都市歴史資料館

内容概要

京都の歴史に関する調査・研究と歴史資料の収集・保存・活用を目的とする施設。歴史に対する関心に応えるため、歴史講座・古文書講座など実施。京都市の歴史資料約9万5千点、図書約5万5千冊など収蔵し、テーマ展、特別展を開催しているほか、古文書(複写版)や京都の歴史に関する図書の閲覧もできる。

開館:1982(昭和57)年11月

交通案内:地下鉄烏丸線丸太町下車 徒歩約10分/京阪電車 神宮丸太町下車 徒歩約10分     市バス 河原町丸太町下車 徒歩約5分 地下鉄東西線 京都市役所前下車 徒歩約10分
ホームページ 
http://www.city.kyoto.lg.jp/bunshi/soshiki/6-3-8-0-0.html

【正式名称】
京都市歴史資料館(きょうとしれきししりょうかん)
【住所】
上京区寺町通荒神口下る松蔭町138-1
【電話番号】
075-241-4312
【FAX】
075-241-4012
地図表示
交通案内 市バス河原町丸太町下車
駐車場情報 なし
車椅子による見学
拝観・開館時間 9:00~17:00
休日・休館 月曜、祝休日、12月28日~1月4日
料金 無料
予約方法 予約不要
備考 閲覧室利用について 9:00~12:00、13:00~17:00(受付は16:30まで)

観光ルート情報

寺町通りを歩く 静かな住宅街の中に境内をもつ上善寺(じょうぜんじ)。京都六地蔵めぐりのひとつでもあり、門をくぐると地蔵尊へお参りに来た人々のお供えの花などでいっぱいである。上善寺を出て寺町通り...
明治維新 <河原町丸太町周辺> 日本中が激動に揺れ動いた明治維新。京都には明治維新と関わりのあったスポットがいっぱい。京都市歴史資料館で明治維新の京都をたっぷり学習した後は、頼山陽書斎山紫水明處、女紅場跡、横...
寺町を歩く <今出川~丸太町> 多くの寺院が点在することから名付けられた寺町通。今出川通~丸太町間の散策コース。皇室ゆかりの清浄華院、名水で知られる梨木神社、廬山寺、京都市歴史資料館、頼山陽書斎山紫水明處など...

今月のイベント情報

特別展「岩倉具視の生きた時代」 【前期】平成29年9月29日(金)~11月19日(日)
【後期】平成29年11月24日(金)~平成30年1月23日(火)

※11/21、11/22、12/28~1/4休館

明治維新の立役者で公家出身の岩倉が、どのような政治構想を描き、志を同じくする人々との関係を築き、構想を実現する術を模索しながら、激動の時代をどう生き抜いたかを紹介します。

周辺情報

本因坊発祥の地 この寺町通の名は、天正十七年(一五八九)頃、豊臣秀吉の都市計画により洛中の寺院が集められたことに由来する。
寂光寺もその一つで、別名を久遠寺ともいい、通りをはさんだ西側の町名「...
山紫水明處(国定史跡)  頼山陽(らいさんよう)が晩年住んでいた水西荘の書斎で、入母屋(いりもや)造・わら葺・平屋建・内部は四畳半の書室と二畳の待室と水屋がある。閑素なものであるが、四方を開放して防暑...
梨木神社  当社は、明治18年(1885)に創建された旧別格官弊社で、三条実萬(さねつむ)・実美(さねとみ)父子をまつり、社名は、三条家の旧邸が、梨木町にあったことに因んでこのように名付...
革堂  霊ゆう山行願寺(れいゆうざんぎょうがんじ)と号する天台宗の寺院で、西国三十三ケ所観音霊場の第十九番の札所である。

 寛弘元年(1004)行円(ぎょうえん)上人によって、一条小...
下御霊神社  社伝によれば、大同2年(809)不運のうちに亡くなった伊予(いよ)親王(桓武天皇の皇子)とその母の藤原吉子(ふじわらのよしこ)の霊をなだめるために、承和6年(839)に創建さ...
大福寺 天台宗の寺で瑠璃光山利生院大福寺という。推古天皇の時代(五九三年~六二八年)に大和国(現在の奈良県)宮田郷に建立されたが,平安時代の初めに勅旨により京都に移され,七堂伽藍を有し...
吉田屋跡 このあたりは幕末維新の史跡ともいえる料亭 吉田屋があった所である。
江戸時代から明治時代初期にかけて、花街として知られた「三本木」の中にあって、幕末には桂小五郎(後の木戸(きど)孝...
護浄院  常施無畏(じょうせむい)寺と号し、天台宗の寺で通称清荒神という。  本尊の清三宝大荒神は千二百余年前、光仁天皇の皇子開成親王の作といわれ、摂津の国にあったのを後小松天皇の勅に...
舎密局跡  「舎密」とはオランダ語シェミーの訳語で化学のこと。東京遷都により沈滞した京都の産業を振興する目的で、京都府が設立した理化学研究所である。明治3年(1870)明石博高の建議によ...
木戸孝允邸宅跡  木戸孝允は長州藩出身の明治維新の政治家。天保4年(1833)生まれ、桂小五郎とも称し、のち木戸姓に改める。吉田松陰の門下生で、西郷隆盛、大久保利通らとともに尊王攘夷、討幕運動...
行願寺 正しくは行願寺。天台宗。西国三十三カ所第19番札所。俗人のころ鹿を射止めた行円が、仏心を起こし、1004年(寛弘1)寺を建立、千手観音像を刻み、安置した。皮の衣を着たので、皮聖と呼ばれ...
護浄院 本尊は火の神、竈神として祀られる三宝荒神尊で、「火の用心」「災難除け」にご利益があるとして人々の信仰を集めています。荒神尊は激しく祟り安井性格を持つ一方、皮膚背の霊験があるとさ...
下御霊神社 御所の鎮守として御霊八所神を祀る。貞観5年(863)神泉苑御霊会を由諸とし、下出雲路に創建、2度移転したが天正18年(1590)豊臣秀吉の寺社整理に伴い現在地へ。本殿は寛政期に仮皇居の内侍...
仙洞御所 後水尾上皇の御所として1630年(寛永7)に完成した。御殿は1854年(嘉永7)に焼失したのを最後に再建されず、現在は醒花亭と又新亭の2つの茶室と雄大な庭園が往時の面影を残している。問合...
河原町通 京都市街地東部の南北幹線路。北は葵橋西詰から南は十条通まで。豊臣秀吉の京都改造後に開通。通り名は鴨川の河原であったことに由来するという。明治以降に南北へ延びたが、現在の三条通と...
荒神橋 上京区と左京区の境の鴨川に架かる橋。1855年(安政2)皇居炎上後、天皇移動のために架けられたという。別名幸橋・勤王橋。橋名は近くの清荒神護浄院にちなむ。1953年(昭和28)11月、デモ行...
土手町通 京都市街地東部の南北路。北は丸太町通から南は二条通に至り中断して上珠数屋町通から七条通まで。豊臣秀吉の設けた御土居を切り崩して町通としたのでこの通り名になったという。
富小路通 京都市街地中央部の南北路。北は丸太町通から南は五条通まで。豊臣秀吉の京都改造により開かれたとされ、平安京の富小路と万里小路のほぼ中間に当たる。通り名の由来は北に、もと富小路家が...
丸太町通 京都市街地中央部の東西幹線路。東は鹿ヶ谷通から西は右京区嵯峨釈迦堂大門町まで。平安京の春日小路に当たる。通り沿いの西堀川に材木商が多く、この名称がついたという。幕末以後、鴨川か...
京都ハリストス正教会・生神女福音聖堂 ギリシャ正教の西日本における布教活動の拠点として1903年(明治36年)に完成した教会堂(市指定文化財)。ロシア・ビザンチン様式、木造十字形平面聖堂で217平方メートル。京都府旧庁舎を手...
新島旧邸 同志社の創立者、新島襄と妻・八重の私邸(1878年竣工)、木造2階建ての和風建築に洋風の手法を取り込んだ造りの建物。1985年、京都市指定有形文化財に指定されている。ホームページ http:...
京都府立文化芸術会館 京都における文化芸術活動の拠点として、京都府開庁100年記念事業により、昭和45年(1970年)1月8日に開館。以来、文化芸術の創造、発信の中核施設として、演劇・古典芸能・舞踊・音楽などの...
頼山陽書斎山紫水明處  日本外史の著者として知られる頼山陽が文政11年(1828)、自宅の水西荘の庭に建てた草堂風の離れ。小さな床の間のついた四畳半の座敷と二畳の書斎、約一畳の水屋と板の間、そして廊下で構成...
京都府立文化芸術会館 京都における文化芸術活動の拠点として、京都府開庁100年記念事業により、昭和45年(1970年)1月8日に開館。以来、文化芸術の創造、発信の中核施設として、演劇・古典芸能・舞踊・音楽などの...
舎密局跡 京都府が1870年(明治3)理化学・工業技術の研究・普及を目的に設けた勧業教育施設。舎密局とはオランダ語の「シエミストリ」(化学)のあて字。ビール・ガラス・石けんなどの製造研究、多く...
女紅場跡 明治初期に設置された女子教育機関。1872年(明治5)まず新英学校女紅場が上京区土手町通丸太町下ルに開設。のち女学校を経て1901年(明治34)に京都府立第一高等女学校(現鴨沂高校)と発展...
横井小楠遭難の跡 肥後藩士横井小楠は、越前藩に招かれ藩政を指導、越前藩主松平慶永が幕府政事総裁職に就くや、そのもとで活躍。明治新政府の参与となったが、1869年(明治2)正月5日、御所参賀の帰途、中京...
木戸孝允旧邸・達磨堂  木戸孝允は長州藩出身の明治維新の政治家。天保4年(1833)生まれ、桂小五郎とも称し、のち木戸姓に改める。西郷隆盛、大久保利通らとともに尊王攘夷、討幕運動に指導的役割を果たし...
株式会社 黒田装束店 葵祭の斎王代列や時代祭などの装束を共同で手がける老舗。本物志向の装束類を目の前で見て解説が聞けるなど、王朝装束文化に触れられる。予約すれば仕立てから着付けまで一貫して手がける老...
竹又・中川竹材店 縄文時代には生活の中に入り込んでいた竹だが、京都で竹工芸の歴史が始まったのは平安時代。その後、茶道・花道の道具、室内装飾など京都の文化と関わり、発展してきた。竹又・中川竹材店は...
商店街振興組合 寺町会 大正10年に「寺町会」を発足。当時は路面電車も走り、ハイカラ通り、理想の街として全国から見学者が殺到した。「百年、百五十年はあたりまえ」といった老舗・文化品店が点在している。商店...
京・寺町会商店街振興組合 明治後期に市電寺町二条停留所ができた頃から商店街の姿が形成され始めた。昭和5年には舗道や鈴蘭灯が設置され、一世を風靡する。商店街の一角には古都の西洋建築のシンボルでもある京都市...
河原町御所表繁栄会  河原町御所表繁栄会は、御所南地区の一員として東に鴨川・大文字、北には御所・北山を望み、近隣には角倉了以施工の高瀬川、一之舟入・島津製作所創業の地が所在しているなど、落ち着いた...
幾松 維新の三傑の一人である桂小五郎(のちの木戸孝允)と三本木の芸妓幾松(のちの松子夫人)の寓居跡です。国土の歴史的景観に寄与しているものとして、二棟が国の登録有形文化財(建造物)に...
KKR京都くに荘 ・室数57室(和室23室・洋室34室) 宴会場、温泉大浴場(加水循環)、温泉露天風呂(加水循環)・宿泊料金(税込)1泊2食付 13,300円(税込)シングル1名、ツイン2名、和室8畳トイレ付3名...
石長松菊園 ・室数48室(和室48室)・宿泊料金(1泊2食・税別・サービス料込) バス・トイレ付個人 最低12,000円~最高25,000円*宿泊料金は、客室の設備・広さ・料理・人数、シーズン・オフシーズン...
お宿いしちょう ・室数59室(和室59室)・宿泊料金(1泊2食・税別・サービス料込)バス・トイレ付個人 最低9,000円~最高22,000円*宿泊料金は、客室の設備・広さ・料理・人数、シーズン・オフシーズン、平...
特別展「岩倉具視の生きた時代」 明治維新の立役者で公家出身の岩倉が、どのような政治構想を描き、志を同じくする人々との関係を築き、構想を実現する術を模索しながら、激動の時代をどう生き抜いたかを紹介します。