落柿舎

内容概要

向井去来(1651~1704)は江戸時代の俳人、蕉門十哲の一人である。去来は27歳の時に隠士となり、35歳で嵯峨野に庵を構えた。39歳の秋頃から嵯峨の庵を「落柿舎」と呼ぶ。去来の『落柿舎の記』に、庭に柿の木が40本あり、その柿の実が一夜のうちにほとんど落ちつくした。それが落柿舎の名の由来と書かれている。本庵前庭に安永元年(1772)に俳人井上重厚が建立した去来の「柿ぬしや梢はちかきあらし山 去来」という句碑等がある。元禄4年(1691)芭蕉は落柿舎に滞在し、有名な『嵯峨日記』を執筆する。去来は凡兆と二人で蕉風俳諧の白眉、俳諧の古今集と言われた『猿蓑』の編集をする。晩年『去来抄』を書き残し、蕉門の誉れ第一の俳人である。
茅葺きの草庵には、かつての主の在宅を告げた衰と笠がかかげられ、入庵者の投句箱も設置されている。
また庭には俳句の季語となる100種の草木が植生し、樹齢300年の柿木も立つ。

【正式名称】
落柿舎(らくししゃ)
【住所】
右京区嵯峨小倉山緋明神町20
【電話番号】
075-881-1953
【FAX】
075-881-1953
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交通案内 JR 嵯峨嵐山下車 徒歩約15分 京福電車 嵐山下車 徒歩約20分阪急電車 嵐山下車 徒歩約25分市バス 嵯峨小学校前下車
駐車場情報 なし
車椅子による見学
拝観・開館時間 9:00~17:00
見学所要時間 約20分
休日・休館 12月31日、1月1日は休庵
料金     通常 団体割引 障害者            割引
大人  250円 200円  無料 大学生 250円 150円  
高校生 150円 150円  
中学生 150円 150円  
小学生 無料
団体割引5名以上
予約方法 学生団体のみ要予約(電話/FAX)
備考 入場開始:冬期1・2月は10:00
施設終了:冬期1・2月は16:00
小学生以下(無料) 
障害者(無料)の同伴者は有料

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