玄武神社

内容概要

惟喬親王を奉斉し、4月第2日曜日に玄武やすらい祭を斉行する。
京都北方の守護神社、各家庭の北の方位をまもる。

【正式名称】
玄武神社(げんぶじんじゃ)
【住所】
京都市北区紫野雲林院町88
【電話番号】
075-451-4680
【FAX】
075-451-4680
地図表示
交通案内 市バス大徳寺前下車 東南に歩いて徒歩5分位
駐車場情報 なし
車椅子による見学 不可能
休日・休館 なし
料金 なし
予約方法 各種祈祷等は、事前に予約のこと
(来社または電話)

周辺情報

玄武神社  祭神として、文徳天皇の皇子である惟喬親王(これたかしんのう)を祀り、別名惟喬社(これたかのやしろ)とも呼ばれている。  社名の玄武とは、青竜、白虎、朱雀とともに王城を守る四神...
黄梅院  当院は、その前身を黄梅菴といい永禄6年(1563)武野紹鴎(たけのじょうおう)・今井宗久らの帰依により春林宗俶(そうしゅく)を開祖として小菴が営まれるに始まる。のち春林の弟子...
龍源院  本院は大徳寺南派の本庵で、文亀2年(1502)大燈国師八世の法孫東渓宗牧(とうけいそうぼく)を開山として、能登(石川県)守護畠山義元が創建したものである。

 方丈・唐門・表門...
西法寺  安居院(あぐい)と号し、浄土真宗本願寺派に属する。文禄二年(1593)、僧明円が安居院を再建し、名を西法寺と改めて真宗寺院としたものである。安居院とは、この近くにあった比叡山延...
称念寺(猫寺)  本空山(ほんくうざん)と号し、浄土宗知恩院派に属する。慶長11年(1606)茨城県土浦(つちうら)城主松平伊豆守信吉(いずのかみのぶよし)が師僧嶽誉(がくよ)上人のために建立...
大応寺 金剛山と号し、臨済宗相国寺派に属する。この地は九世紀初頭、壇林皇后によって非田院(病人・貧窮者・孤児の救済施設)が建てられ、文明二年(一四七〇)後花園天皇が没したとき、その遺骸...
本法寺  叡昌山と号し、日蓮宗本山の一つである。永享8年(1436)本阿弥(ほんあみ)清信が日親上人を開基に請(しょう)じて創建したのが当寺の起りという。

 はじめ四条高倉にあったが、...
妙覚寺大門  妙覚寺は北竜華具足山と号し、京都日蓮宗名刹三具山および京都十六本山の一つである。開山は日像上人とされているが、実際には竜華院日実上人が創建した寺である。はじめ四条大宮、のち二...
興臨院  当院は大徳寺の塔頭で、大永年間(1521~1528)能登の畠山義総が仏智大通禅師を開祖として建立したといわれ、みずからの法名を寺号とした。  当院の方丈・唐文・表門そして所蔵...
雲林院  雲林院は、平安時代の紫野の史跡である。この付近一帯は広大な荒野で、狩猟も行われていた。淳和天皇(在位823~833)は、ここに広大な離宮紫野院を造られ、度々行幸された。桜や紅...
三玄院  天正17年(1589)浅野幸長・石田光成・森忠政(蘭丸の弟)が、春屋宗園(しゅんおくそうえん)(大宝円鑑国師)を開祖とし、創建した。  小堀遠州・古田織部・薮内剣仲・長谷川等...
聚光院  臨済宗大徳寺派に属する。  永禄9年(1566)三好義嗣が父長慶の菩提をとむらうため、大徳寺百七世笑嶺宗きん(しょうれいそうきん)を請じて建立した寺で、聚光院の名は長慶の法名...
瑞峯院  当院は、天文4年(1535)九州の戦国大名大友義鎮(よししげ)(宗麟(そうりん))が建立した大徳寺の塔頭である。宗麟は、徹岫宗九(てっしゅうそうきゅう)を開祖にむかえ自分の菩...
大徳寺  龍宝山(りゅうほうざん)と号し、臨済宗大徳寺派の大本山である。大燈国師宗峰妙超(しゅうほうみょうちょう)が、鎌倉末期の正和4年(1315)開創し、朝廷の深い信仰をうけて寺運は...
建勲神社  織田信長を祀る神社で、通称「けんくんじんじゃ」とも呼ばれる。  天下を統一した信長の偉勲を称え、明治2年(1869)明治天皇により創建された。同8年(1875)別格官幣社に列...
興臨院 大永年間(1521-1528)に能登(現在の石川県)の守護、畠山義総が創建。その法名を取って寺名を興臨院とした。畠山家の衰退と共に荒廃するが、天正9年(1581)に前田利家によって屋根の葺き...
瑞峯院 大徳寺塔頭。キリシタン大名として知られる大友宗麟公が、1535年(天文4)菩提寺として創建。本堂、唐門、表門(ともに重文)は創建当時のもの。庭園は独坐庭と称し、砂紋(荒海)苔と石頭で...
大徳寺 臨済宗大徳寺派の大本山で龍宝山と号する。鎌倉時代末期の正和4年(1315)に大燈国師宗峰妙超が開創。室町時代には応仁の乱で荒廃したが、一休和尚が復興。桃山時代には豊臣秀吉が織田信長の...
本山 本法寺 永享8(1436)年日親上人の創建。日蓮宗。本阿弥家の菩提寺。もとは四条高倉にあり一条戻橋辺に移ったが、天正15(1587)年にこの地に移った。光悦の寄進状を添えた紫紙金字法華経(重文)、長谷...
妙蓮寺 日蓮の孫弟子日像が開基。天正15年(1587)この地に落ち着くまで幾度かの移転を繰り返した。収蔵庫に長谷川等伯一派の筆になる障壁画、松尾社一切経など多くの文化財を所蔵。観賞式石庭で「...
龍源院 大徳寺塔頭。文亀2年(1502)大徳寺の開山、大灯国師より第8世の法孫、東渓宗牧禅師を開祖として能登の領主畠山義元公、九州の都総督大友義長らが創建した室町時代最古の方丈建造物として国...
黄梅院 永禄5年(1562)、当時28歳の織田信長が初めて入洛した際に、父・信秀の追善菩提のために小庵「黄梅庵」を建立したことに始まる。本能寺の変によって信長が急逝すると、羽柴(後の豊臣)秀吉...
雲林院 船岡山の東麓にあり、初め紫野院と云い淳和天皇の御離宮であった「大鏡」、「源氏物語」、「古今和歌集」等、平安時代のほとんどの文献に登場する古刹である。元亨四年、敷地を宗峰妙超が賜...
三玄院 臨済宗大徳寺派。徳寺塔頭。開祖は春屋宗園和尚(大宝円鑑国師)。1589年(天正17)に浅野幸長・石田三成・森忠政の三名が、春屋宗園和尚を御開祖として創建。境内には石田三成、古田織部や...
水火天満宮 923年(延長1)醍醐天皇の勅願により菅原道真の神霊を祀ったと伝える。水難火難除けの神として知られ、もと上京区上天神町にあったが堀川通の拡張により昭和25年現在地に移転した。菅公(道...
曝凉<大徳寺> 10月第2日曜日、大徳寺。普段は非公開の本坊で行われる虫干しの寺宝展。絵や書などが虫干しされ、狩野探幽筆方丈襖絵など約100点が公開される。市バス/大徳寺前、徒歩5分。見学有料。※雨天は...
茶道資料館 当館では年に4、5回、茶の湯に関する企画展を催し、茶碗、掛物などの茶道具の名品や美術工芸品を中心に展示しています。展示期間中には講演会や講座なども行います(詳細は当館HPをご覧くださ...
水火天満宮 出生石 水火天満宮境内、登天石横にある神石。大願成就、世に出る石として、信仰がある。
水火天満宮 登天石 「菅公登天石」とも呼ばれる。洛中をしばしば雷火が見舞い、祈祷の命を受けた法性坊尊意が宮中へ向かおうと鴨川に差し掛かると、川が急に氾濫した。神劔を捧げ祈ると、水はたちまち二分し、...
瑞峯院庭園 瑞峯院の庭園は、重森三玲の作庭になる現代の庭。方丈前の独座庭は室町時代の手法を用いた枯山水。方丈裏庭は、キリシタン燈籠を元に十字架に七個の石の流れを配した閑眠庭。庭をながめなが...
大徳寺方丈庭園 大徳寺方丈の前庭は広い白砂敷きで土塀に沿って石と樹木を配置。中央には勅使門。東庭には二段の刈込に沿い大小の石組で表現され、昔は鴨川、比叡山を借景にしていた。●交通案内:市バス大徳...
本法寺 巴の庭 本阿弥光悦作「三巴の庭」。この庭園は国の名勝に指定。奥深い部分に枯滝石組(三尊石組)は室町時代の手法を巧みに再現され、一段落して配置された縦縞模様をもつ青石により水流の落ちる様相...
妙蓮寺十六羅漢石庭 妙蓮寺庭園には秀吉から賜った臥牛石(がぎゅうせき)・釈迦を中心とした枯山水で白砂に十六羅漢に見立てた置石が表情豊かに配置されており、また釈迦三尊石に見立てた獅子・象を形どった特...
龍源院庭園 龍源院の方丈北庭は青苔の中に点在する石組が印象的。方丈南庭は白砂と石組の枯山水。方丈の東には、5個の石のみで構成された簡素な壷庭「東滴壷」。
秋の特別公開 大徳寺興臨院 室町時代創建の本堂・表門・唐門は、禅宗建築の代表作です。