石敢当(せきかんとう)と車石(くるまいし)

いずれも、九条家の陶化殿(とうかでん)跡に建つ陶化小学校の入口にあります。「石敢当」とは中国晋時代の武将の名で、石燈籠の竿(下部)にそれを刻んで災害除けとし、もとは勧進橋畔に立っていました。
 牛車の車輪のための轍がある車石(輪型石)は、竹田街道に敷設されていたものです。

◎東九条中御霊町55(陶化小学校校庭)

  歯神之社(はがみのやしろ)(寛算石(かんざんせき))

寛算石と呼ばれる「霊石」が祀られています。社前に竹箸(はし)を供え、その箸で食事をしたり箸を頬にあてると歯痛が治るといわれています。菅原道真が雷となり都に祟ったとき、道真を慕っていた筑紫安楽寺(つくしあんらくじ)の僧寛算供奉がそのあとを追って自らも雷となりともに鳴りとどろき、のちに落ちてこの岩になったとも伝えられています。

◎西九条蔵王町

  京都市市民防災センター

体験を通して防災の総合学習が行える施設です。1995年のオープン以来すでに40万人以上が訪れています。最新の3D技術を使ったバーチャルコーナーやさまざまな災害を想定した体験コーナーがあります。

◎西九条菅田町(すがたちょう)7 075-662-1849

  矢取地蔵

神泉苑(現中京区)での雨乞い合戦で空海に敗れた守敏が空海を狙って矢を放ち、その矢を地蔵が黒衣の僧となって身代わりに受けたという逸話が残されています。矢負(やおい)地蔵とも呼ばれ、現在のお堂は明治期に地元より寄進されたものです。

◎唐橋羅城門町

  北政所(きたのまんどころ)(菅公(かんこう)夫人)御墳墓

西政所児童(街区)公園の南、道路に沿ってあり、愛らしい地蔵尊が祀られています。

  菅原清公卿(きよともきょう)御墳墓

菅原氏はもと土師氏で、清公、是善と代々学者を輩出しています。清公の墳墓はビルの裏手にあり草に覆われていますが、ビルの脇に「菅原清公卿御墳墓通路」と記した石標(写真)があります。

◎吉祥院稲葉町

  六田杜(むつだのもり)跡碑

道真が月夜に虫の音を聞いた森跡と伝わり、家臣の六田家がこの虫の飼育にあたっていたことに由来します。石碑には「一名音きゝの杜」と記されています。

◎吉祥院落合町

  菅丞相硯之水(かんじょうしょうすずりのみず)碑

ここに湧き出す水を硯に入れたところ、道真少年の「書」が上達したと伝わります。水が涸れる前は石が組まれ、昔は書初めに用いる水を求めて訪れる人があったといいます。

◎吉祥院八反田町

  小枝橋

慶応4年(1868)1月3日、小枝橋の鴨川右岸から東の竹田街道へと横列に布陣した薩摩軍は、鳥羽街道を北上する旧幕府軍が強行しようとするのを阻止すべく、談判の末に砲撃。これを口火に鳥羽・伏見で激戦が繰り広げられ、戊辰戦争の戦端となりました。

◎上鳥羽塔ノ森東向町・同洲崎町・伏見区中島流作町・同秋ノ山町

  鳥羽処理場

甲子園球場13個分の広大な敷地で京都市民が排出する下水の約7割を処理する市内最大の処理場です。毎年1回一般公開されますが、事前に問い合わせれば施設見学も可能です。処理後の水が流れる「せせらぎ広場」の藤棚(写真)なども見どころです。

◎上鳥羽塔ノ森梅ノ木1 075-671-4161
施設見学は要問い合わせ
(鳥羽処理場調整部、平日のみ)

  久世ニューリバー公園

桂川右岸の堤防に沿って、せせらぎと遊歩道が続きます。公園に隣接する京都市久世ふれあいセンターは、図書館やトレーニングルームなどを備えた教育・文化・スポーツ施設です。これらは、「桂川・新川環境整備事業」により実現した施設です。

◎久世大築町・同築山町